人の数を理由に成長を諦めない経済へ

経済金融コラム2023年11月27日

野村證券経済調査部長 美和 卓

2023年のノーベル経済学賞受賞者であるクラウディア・ゴールディン教授は、近年の日本の女性の労働参加率上昇を賞賛したとされる(2023年10月10日付日本経済新聞電子版)。一方でそれは、生産年齢人口が頭打ちとなる中でも追加的な労働力の供給源となってきたリソース(源泉)が底を尽きはじめていることをも意味するものであり、国内における労働供給制約が、高齢化と人口減少を受けいよいよ本格化する局面に入ったことをも示唆するものである。

2010年代、とりわけ「アベノミクス(安倍政権下での経済政策運営)期と概ね対応する2013~19年は、女性と高齢者の労働参加増加に支えられ、生産年齢人口の減少傾向が人手不足の深刻化に直結することは回避されていた。しかし、新型コロナウイルス感染症禍が漸く終息し、日本の経済活動が再スタートを切りはじめた段階では、先述の通り、追加的な労働力の供給源が限定された状態となり、労働需要の再拡大に直面しはじめている。女性の労働参加率の上昇余地が年代によっては限られはじめているのと同時に、定年年齢の引き上げを通じたシニアの労働参加増加もほぼ限界に達しつつあると考えられる。

労働供給制約の本格化は、人手不足への対応として賃金上昇を加速させ、積年の課題であった賃金と物価上昇の好循環を生み出す足がかかりになるとの期待を膨らませてもいる。しかし、単純に考えれば、労働供給制約は、経済成長の制約要因にもなり得るものである。そればかりか、高齢化・人口減少という人口動態は、企業に対し、マクロ的な経済成長抑制に繋がり得る意思決定をもたらしやすい側面もある。絶対数としての人口減少は、どうしても需要の縮小を想起させやすいものである。高齢化の進行は、人々の活動時間の減少や上昇志向の弱まりなどを通じて、これまた需要縮小要因に結び付けられやすいと考えられる。人口動態が需要拡大への制約条件になるとの期待を企業が強く抱いた場合、労働供給制約を賃上げなどによって克服しようとするより、その制約を前提とした事業構築を行い、利益率向上を追求する方が合理的にみえるケースもあり得るからである。企業の部分最適化行動が、マクロ的な全体最適化を阻害する、典型的な「合成の誤謬」が起こりやすくなっているとも言える。

労働供給制約に起因する負の合成の誤謬を招来しないためのカギは、2つあると考えられる。第一に、人口動態を理由として企業の需要成長期待を低下させない工夫である。過去のパターンとして、政策的には「輸出振興」を打ち出すのがある種これまでの定石ではあった。この場合、国内の労働供給制約を理由として生産・供給拠点の国外シフトの誘因を与える恐れもあることから、国内市場の需要成長期待を高める有効な将来ビジョンを政策的に描けるかどうかがポイントになるだろう。第二に、賃金上昇でも抗えないような「絶対的な」労働供給制約を克服するための糸口を、企業に与える必要もある。省力化投資の促進やそれに向けた支援は有力なあり方の一つである。一方で、労働と資本が完全代替ではありえない(人手を機械化ですべて置き換えることは技術的にみて非現実的)こと、「少子化対策」が直ちに労働供給制約の緩和に貢献するわけではないことを踏まえると、外国人労働力のさらなる活用に向けた取り組みが当面の現実的な解とならざるを得ないのではないか。

人手不足の本格化は、賃金と物価上昇の好循環を生み出す足がかかりとはなり得るものであるが、政策的な後押しなしで自然にそうした流れが形成されると考えるのは楽観的過ぎるだろう。

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