インベストメントチェーンの残されたピースとは
~ 視点を拡張すべき「資産運用立国実現プラン」

経済金融コラム2024年1月5日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

2023年12月13日、「資産運用立国実現プラン」が公表された。同プランは、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充・恒久化を含む「資産所得倍増プラン」(2022年11月公表)に続く、岸田政権が進める新しい資本主義の「重要なピース」として位置づけられている。同時に、資産運用立国実現プランでは、「インベストメントチェーンの残されたピース」である資産運用業とアセットオーナーシップの改革等を図っていくとしている。つまり、資産運用立国実現プランの大きな特徴は、書き込まれた施策の実現だけを目標とするのでなく、このプラン全体がひとつの「ピース」として他の政策と連動すること、あるいは相乗効果を発揮することを目指している点と言えよう。

だとすれば、プランの個別施策の意義と同等以上に、どのようにすればインベストメントチェーン全体の活性化ができるのかについて真剣に議論を深めるべきであり、場合によっては、更なるアイデアを追加することも必要と考えられる。例えば、政策デザインの視点を下記にも拡張していくことは有意義ではないかと思われる。

第1に、「アセットオーナー」を広くとらえて人材や運用の高度化を促し、その一方で機関のタイプや規模に応じて、創意工夫ある運用戦略や投資管理を実施する余地を残していくという視点である。

アセットオーナーとは一般に、長期退職貯蓄、保険、その他の資産の保有者を代表する組織と定義されるが、その形態は年金基金、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)、財団法人、基金(Endowment)、保険会社などさまざまである。日本では、公的年金・企業年金などは安定的な給付を目的にした「制度」であり、運用リターンの極大化を目指す「投資家」ではないといった意識が残っていると思われるが、インベストメントチェーンにおける規律と競争原理を高める上で、資産運用の専門家としてのアセットオーナーの立ち位置と姿勢が重要となる。特に、代替資産・プライベート投資においては、より良い投資案件や一部の優れたマネージャーにアクセスできるかどうかでパフォーマンスが左右されてしまうため、投資管理プロセス全体に創意工夫が求められる。海外では、高度な分散投資を図りたい公的年金や大規模なアセットオーナーは、一定のコストをかけてでも最良のプレイヤーにより良いアイデアを持ち込ませようとする傾向があり、これがアセットマネージャーに対するインセンティブと規律を生み出していると考えられる。

今回の資産運用立国実現プランでは、確定給付企業年金にフォーカスがあてられた印象が強いが、アセットオーナーシップの議論を深める上では、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)、大手公務員共済、科学技術振興機構が運用する大学ファンドを含む官民ファンド、各種の公益法人なども巻き込んでいくことが重要ではないかと思われる。

第2に、確定拠出年金(DC)改革について、究極のアセットオーナーともいえる国民のすべてが企業型DCまたはiDeCo(個人型確定拠出年金)を活用できる環境を整えながら、働き方の変化や世代別の課題に対応していくという視点である。具体的には、(1)(主として中堅・中小企業を想定して)事業主に対して企業年金を提供しない場合は、従業員をiDeCoに自動加入させることを義務づける制度、(2)現行制度でも拠出可能な3,300万円(66万円×50年)を「生涯拠出枠」として所得変動や雇用流動化に応じた柔軟な拠出を認めること、(3)長期的な資産形成に適した指定運用方法(ターゲット・デート・ファンドなど)の活用、(4)運営管理機関による投資アドバイスの導入などを、企業年金制度の持続可能性向上と資産運用立国実現の観点からも進めるべきである。

第3に、上場企業株式以外の投資対象にも視点を拡張し、家計金融資産の分散投資や運用高度化に資する多様なアセットクラス・投資商品へのマネーフローも振興していくべきである。コーポレートガバナンス改革や上場企業の稼ぐ力強化に加えて、多様なリスク・リターン特性の投資商品を創り出すことは、家計の運用高度化や金融セクターの活性化につながると思われる。幸い、この1~2年間に日本の資本市場でも社債型優先株、セキュリティ・トークンを活用したデジタル債、上場ベンチャーファンド、アクティブETF、カーボンクレジット取引市場など、新たな投資商品の仕組みが複数、創出されつつある。こうした仕組みを個々に評価・支援するのではなく、イノベーションあるいは脱炭素化・デジタル化の推進などと連動させるため包括的な市場活性化策をデザインしていくことは有益であろう。

資産運用立国プランは、今のところKPI(業績評価指標)や達成時期を全く示しておらず「内閣官房等において、施策の進捗状況を2024年6月目途に確認する」としているだけである。この際、家計金融資産あるいは国富の増進につながる「インベストメントチェーンの活性化」を日本経済の最重要課題の1つと位置づけ、同プランを基点に包括的な改革をデザインし、中長期的にコミットしていく発想が期待されよう。

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