「異次元」の後

経済金融コラム2024年2月21日

野村證券経済調査部長 美和 卓

2024年1月の日本銀行金融政策決定会合「主な意見」を参照すると、金融緩和解除に踏み切るべきとの見解は、着実に日銀政策委員会内で地歩を固めつつあるようにみえる。市場においても、金融緩和解除の有無はもはや議論の中心ではなく、そのタイミング、さらには金融緩和解除後の政策運営のあり方や市場金利環境に関心が移行している。1月会合直前のブルームバーグ調査(24年1月10~15日実施)においても、回答者の78%が24年4月会合までに金融緩和の解除(設問上は「金融引き締め」)を予想していた。

「異次元」と形容される金融緩和が終了した際の政策運営や市場金利環境を考える際に重要なのは、「正常」な金融政策の下での金利の決定原理に立ち戻ることである。とりわけ、10年という長い満期の市場金利を中央銀行がコントロールするという点において、「異次元」な金融政策のあり方を長期にわたって経験してきただけに、国内市場参加者は、中央銀行が関与しない市場金利の決定原理とは何かを、改めて想起しなおす必要もある。政策金利や政策運営のあり方は、所詮、市場原理から決定される金利に対する相対的な位置関係を決めるものに過ぎないとすれば、まずはこの点が重要である。

極論すれば、金利はお金の値段であり、それはお金の過不足によって決せられるものである。この点で、異次元緩和終了前夜の基本的な資金需給構造を押さえることは重要である。さまざまな指標を静的に(Staticに)見る限り、日本は従来と大差ない比較的大きな資金余剰を抱えた状態にある。

国全体としてのマクロ的かつ最終的な資金過不足を表象する経常収支は、近年の輸入価格高騰の影響から財貿易収支の赤字が常態化している下にあっても、大幅な黒字状態を維持している。それを支えるのは、第一次所得収支の大幅な黒字である。その主な内容は、グローバル企業が海外で稼いだ利益と、本邦投資家が外国債券、外国株式投資から得た利子・配当である。この点から、経常収支の大幅黒字は、本邦企業部門において資金余剰が根強いことを暗に示すものになっているとも考えられる。また、経常収支の黒字が示す国全体としての資金余剰は、政府部門において恒常的に生じている高水準の財政赤字、あるいはそれを賄うための国債など政府債務の累増が、日銀金融緩和解除後も、差し当たりは金利全体の上昇圧力とはなりにくい構図を暗示しているとも言える。

国内金融市場において円金利の形成に強い影響力を有する国内預金取扱金融機関が直面する資金需給環境の一つとして、家計金融資産の変化をみると、「金利のある世界」を目前にしつつも存外に根強い現預金指向が維持され、国内金融機関の資金余剰感が根強いことを示唆している。日銀資金循環統計における23年7~9月期の家計金融資産の増減(季節性除去のため後方4四半期累積値で見ている)は年率+19.4兆円であり、このうち13.2兆円が現預金の増加となっている(増加寄与率は68.0%)。この傾向が先行きも継続すれば、家計金融資産残高の過半強を占める現預金比率はさらに上昇することにもなる。少なくとも、統計で捕捉可能な過去の実績ベースにおいては、岸田政権が推進する「資産所得倍増プラン」の下にあっても、家計の現預金指向に大きな変質が生じていない証左ともなっている。

異次元緩和後の市場金利環境や政策金利の行方を考える際には、異次元緩和後の日銀の行動と並んで、上述のような基礎的な資金需給構造の帰趨、特に、法人企業に対しより効率的なキャッシュフローの利活用を促すガバナンス改革の取り組みや、「資産所得倍増プラン」の下での貯蓄から投資へのシフトを促す政策的取り組みに対し、企業や家計を巡る資金需給構造がいかに変化するか、あるいはしないか、を見極めていくことが重要であると考える。

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