GX経済移行債の発行開始と今後の論点

経済金融コラム2024年3月14日

野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター長 江夏 あかね

日本政府は2024年2月、「脱炭素成長型経済構造移行債」(GX経済移行債)を「クライメート・トランジション利付国庫債券」(CT国債)として発行開始した。CT国債10年債は14日、5年債は27日に入札が行われ、合計で約1.6兆円が金融資本市場で消化された。

脱炭素社会への移行に向けた金融(トランジション・ファイナンス)は、国際資本市場協会(ICMA)が2020年12月に「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」(CTFH)を公表し、その存在が世界的に知られるようになった。その後、日本では政府がトランジション・ファイナンスの推進策を重層的に講じてきたことも背景に、2021年頃から電力、ガス、石油等の温室効果ガス(GHG)排出量が比較的多い産業を中心に資金調達事例が順調に蓄積していき、2024年2月には世界初となる国(ソブリン)によるトランジションボンドとしてのCT国債の発行につながった。その結果、世界のトランジションボンドの発行残高(2024年2月末時点、約244億ドル)のうち、日本の発行体による残高は約157億ドルと、全体の6割強を占める状況となっている。

トランジションボンドの発行は現在、欧州や中国で行われているものの、日本のように順調に発行が伸びているわけではない。これは、CTFHがトランジション・ファイナンスを実施する上での開示のガイドラインであり、グリーンボンド原則(GBP)のような商品としての充当事業の適格性の有無を判断するような原則・ガイドラインではないことが主因とみられる。そのため、日本以外における発行体の移行戦略を表現した資金調達は、既に金融資本市場で浸透しており、資金使途が限定されないサステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)で行われるケースが多い傾向にある。

日本は現状、トランジション・ファイナンスの分野で世界においても存在感を有しているが、引き続き同ファイナンスの活用も通じて、脱炭素社会の実現を確実に果たすためには、主に3点の課題が挙げられる。

1点目は、国際金融市場におけるトランジション・ファイナンスに関する肯定的なイメージの形成である。海外では、トランジション・ファイナンスに関して、GHG多排出産業を延命させるといった否定的な意見もある。否定的なイメージを払拭するためには、トランジション戦略の妥当性を示すことが大切と言える。例えば、CTFHでは、トランジション戦略に関して、(1)パリ協定の目標に沿った科学的根拠に基づく長期的な目標、(2)長期目標に向けた軌道上にある科学的根拠に基づいた妥当かつ信頼できる短中期的な目標、(3)設備投資計画や関連する技術的要素等、GHG排出削減に向けた具体的な手段、(4)経営層・取締役会レベルの説明責任を含む、発行体の戦略に対する明確な監督とガバナンス、(5)関連する環境及び社会に関する負の外部効果を緩和、等の開示情報を推奨している。このような点も意識した上で、発行体による情報開示の拡充、投資家等のステークホルダーとの対話を通じて、トランジション・ファイナンスが脱炭素社会の移行に真に貢献するものであることを説明し続け、国際金融市場における信認を得ることが重要と考えられる。

2点目は、国際的な連携の模索である。トランジション・ファイナンスには、世界共通の定義がないが、各国では信頼性と透明性を高めるために様々な取り組みを行っている。例えば、日本では、GHG多排出産業の2050年カーボンニュートラル実現に向けた具体的な移行の方向性を示すための分野別技術ロードマップを策定している。一方、欧州連合(EU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、シンガポール、韓国等では、タクソノミーの下でトランジション活動を分類している。日本ではタクソノミーは策定していないが、世界にトランジション・ファイナンスをさらに浸透させるためにも、諸外国の仕組みと何らかの連携を模索することも意義があろう。

3点目として、CT国債の円滑な消化に向けた工夫が求められる。すでに、CT国債は2024年2月末現在、日本の発行体によるトランジションボンドの発行残高の7割弱を占め、今後のトランジションボンド市場全体の行方を左右する可能性があるからである。具体的には、例えば、インパクトレポーティングの信頼性向上に向けて、外部評価機関による認証を検討することは意義があろう。また、投資家層拡大の観点からは、個人向けに発行を検討するのも意味があると考えられる。日本国債市場における家計部門の保有割合は2023年9月末現在、1%程度であり、2024年2月に発行されたCT国債も機関投資家を中心に消化された。一方、諸外国では、英国、香港、シンガポールで個人向けグリーン国債の発行事例がある。仮に、日本が個人向けCT国債の発行を検討するようであれば、わかりやすい情報開示に加え、ソーシャルメディア等も活用した投資家向け広報(IR)手段の多様化、充当プロジェクトの見学・利用の機会提供等、様々な工夫をこらしていくことが有効ではないだろうか。

いずれにせよ、CT国債も含めたトランジション・ファイナンスの健全な発展が、日本の脱炭素社会の実現に向けたカギになると言え、政府、企業、投資家、金融機関等による不断の努力が求められる。

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