上がる銘柄を探すのではない、作るのだ!

経済金融コラム2024年4月5日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

日経平均株価が2024年2月22日に34年ぶりの最高値をつけ、同3月4日には未経験の4万円に達した。新NISAの始動や、23年3月の東証要請を受けた「株主フレンドリーな資本政策」が多く発表されていることとも相俟って、株式市場は大いに盛り上がっている。市場の主要なストラテジストの先行き見通しも4~5万円と概ね強気なようである。ちなみに、当社の日経平均の見通しは24年々末時点で40,000円、期中の高安を43,000~36,000円である。しかし、これで喜んで貰っては困る。前回高値の1989年12月末を100とすると、日経平均は4月4日の段階で102~103といった水準にある。同じ基準では米国のダウ平均株価が1,401(つまり、株価は14倍)、ドイツのDAXは1,028、英国のFTSE100は329、フランスのCAC40は407、香港のハンセン指数は590、韓国の総合株価指数も301というレベルにある。下がったものが戻らないよりは戻った方が良いに決まっているが、戻ってみたら他所はもっとずっと先に行っていた、という話であった。問われているのは、これらに「追いつけるか、追いつけないか」ということではなく、「追いつかねばならない、追いつくにはどうしたらよいか」ということであろう。

本コラムは株高のテクニカルで厳密な要因分析を目的としているのではない。足下の株高の要因や見通しについては、当社ストラテジストの見解を参照して頂きたい(例えば、https://www.nomuraconnects.com/jp#-)。

当社のストラテジー・チームに頼んで、少しデータをとってみた。前回高値の1989年々末時点から連続的にデータが取得できる銘柄のうち、現在の株価が当時の高値を上回っている銘柄は32.4%あった。89年々末から株価が10倍以上になっている銘柄も1.3%あった。現在の株高局面を、JTC(日本の伝統的な経営観を温存している会社)からGSC(世界標準の経営観に基づいて運営されている会社:これは本稿の造語)への遷移過程と捉え、これをE・ロジャーズの「イノベーションの普及」過程に準えると、89年々末からのテンバガーは正に「イノベータ」である※1。さらに、この路線で議論を進めていくと、現時点でのGSC波及率32.4%は「初期採用者(アーリー・アダプター)」(ロジャーズの定義では13.5%)※2を超えて、「初期多数派(アーリー・マジョリティ)」(同34%)の半ばまで進んできたことになる。累積普及曲線をS字カーブに引き直すと、上昇曲線の勾配が急になる局面に当たる。折しも23年3月31日に東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」を公表して1年経ち、いくつかの参考になる事例も現れてきている上、3月期決算企業の決算発表を迎えるタイミングで何らかの戦略や計画の発表も増えるだろう。新高値更新銘柄を世界標準経営の代理変数と見做すこの論法が当を得ているとすれば、向こう2~3カ月で「GSC認定される」銘柄数は意外に増える可能性もあるのではないか。もとより、かなり強引な筋立てによる憶測なので、これは予想ではない。

問題は現在の株価が、89年々末水準の半分にも満たない銘柄が45.2%もあることだ。これらの銘柄は、株価の観点からは「世界標準」までにはまだ距離があると言える。しかし、悲観することはない。つい数年前までは、経営者の世代交代や業界再編、極端な業績悪化などに端を発する大胆な方向転換がない限り、つまり多くの株主にとっては外生的な事象が起こらない限り、停滞した経営が変わることは期待し得なかった。ところが、ここ数年でいわゆるアクティビスト投資家による株主提案が増え、内容も単に増配や自株取得を要求するものだけではなく取締役の選解任など経営方針に直結する内容も散見されるようになってきた。実際には株主総会決議で定款変更や取締役の選解任は否決される方が多いものの、機関投資家に限らず株主の意識が変わってきている可能性はある。同業他社や類似企業が先進的な経営を取り入れて株価が上がっていたとしたら、取り残された銘柄の株主の心中は穏やかではいられないだろう。であれば、行動あるのみ。今年の総会シーズンは、経営者はもちろん株主の覚悟が問われている。

  • ※1 ロジャーズはイノベータの構成比を2.5%としている。今回計算したデータでは89年々末比株価が7倍になっている銘柄の構成比が2.4%となり、ロジャーズの定義とのフィットがよいのだが、あまり恣意的に数字をこねくり回すのも好ましくないと考え、株式投資の世界で大成功の標準となっているテンバガーに着目した。参考文献:エベレット・ロジャーズ、三藤利雄訳「イノベーションの普及 第五版」[2007] 翔泳社
  • ※2 ちなみに、今回調べた銘柄群では株価上昇率上位16%(=2.5%+13.5%)になった銘柄の閾値は、89年々末比1.7倍であった。
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