資産運用における「投資信念」の重要性
経済金融コラム2024年6月12日
野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング 代表取締役社長 荻島 誠治
新NISA(少額投資非課税制度)が本年1月からスタートした。2022年11月策定の資産所得倍増プランの施策のひとつである。私自身が新NISAを始めるとき、どのファンドを選ぶべきか正直悩んだ。周りでは迷いもなく一番人気のインデックス型の外国株投資信託を選んでいる人が多い。正解があるわけではない。老後の大切なお金を運用するのだから安易に一番人気のファンドを選びたくなかった。私は私自身の投資信念に照らしてファンドを選んだ。
政府は昨年12月に資産運用立国実現プランを策定した。その一環として、アセットオーナー(公的年金、企業年金、保険会社、大学ファンド、学校法人等)に関して、「アセットオーナーの運用・ガバナンス・リスク管理に係る共通の原則(アセットオーナー・プリンシプル)を2024年夏目途に策定する」こととされた。その原案によると、アセットオーナーが受益者等の最善の利益を勘案して、その資産を運用する責任(フィデューシャリー・デューティー)を果たしていく上で有用と考えられる5つの共通原則を定めている。
原則1では、運用目的に合った運用目標及び運用方針を定め、状況変化に応じて適切に見直すべきであるという。私はその運用方針を決める際に、あるいは運用方針に適したファンドを選ぶ際に投資信念を意識すると、自らの運用目標及び運用方針への理解が深まると考える。2008年にキース・アムバクシアの「年金大革命」という翻訳本が出版された。著者は世界の資産運用改革に積極的に発言している代表的なオピニオンリーダーである。この本のなかで印象深い言葉は「自らの投資信念を明確に定義しよう」である。つまり、自らの投資信念を明確にすることが資産運用で重要だと言っている。
投資信念の主な分類を2つ取り上げたい。ひとつの分類は「マーケットの予測能力」に着目した投資信念であり、もうひとつは「個別銘柄の予測能力」に着目した投資信念である。ひとつ目の「マーケットの予測能力」があると信じる人は、例えば、市場動向などの情報を参考に各資産の収益率を予測し、機動的に資産配分を変更するタイプである。もちろん、機動的に配分変更して裏目に出ることもある。反対に、「マーケットの予測能力」がないと信じる人は、ストラテジスト等の短期的なマーケット予想を当てにせずに、各資産の期待リターンを統計的手法で長期的に推計し、中長期的な資産配分(いわゆる基本ポートフォリオ)を策定するタイプである。
経済・金融環境等の変化に一喜一憂せずに中長期で決めた資産配分を守り続けることは正しいように見える。しかし、ピーター・フレック「普段着でどうぞ」に書かれている「わたしは小学生のとき、インドには、大地と天空は象の上に乗っていて、その象は亀の上に乗っていると信じている部族がいると教わった」と同じ可能性もあるから慎重でありたい。すなわち、昔に常識であったことは今の非常識であることはよくある話である。さらに言えば、経済・金融環境等の変化に応じて自分の予想を反映したほうがワクワク・ドキドキするし、資産運用を実践している感覚が持てる。責任感も高まる。「マーケットの予測能力」を信じるかどうかは議論が尽きないが、正解はおそらく両者の中間にあるのだろう。
ちなみに、GPIF等の公的年金は今年度の財政検証結果を踏まえて基本ポートフォリオを策定する。現在は日本株・外国株・国内債・外国債の4資産を等配分しているが、インフレ環境下(つまり、名目賃金上昇率も上昇)になる中で資産配分をどう変更するのか、あるいは新たにプライベート・エクイティ等のオルタナティブ資産枠を設けるのか等が注目されている。また、GPIFや共済組合等、約300兆円を運用する公的アセットオーナー9主体は、運用力強化に向けた取組方針を公表する予定であり、投資家は彼らの運用目標や投資信念の違いを比較して自らの取組方針の参考にできる。
投資信念のもうひとつの分類は「個別銘柄の予測能力」に着目したものである。どの企業の株価が上昇するかを探すのは楽しい。しかし、周囲に落ちている一般的な情報は既に株価に織り込み済だろう。手間暇かけずにデータ収集し分析して収益を稼ぐのは容易ではない。証券分析を試みる時間もない人がほとんどであることからも、「個別銘柄の予測能力」を信じない人にとっては、広く分散投資された低コストのインデックス型の投資信託(ファンド)は無難な選択である。
反対に、「個別銘柄の予測能力」があると信じる人は、アクティブ型の投資信託を選択する。多くの資産運用会社では多種多様なアクティブ・ファンドを運用しているため、投資家が自分に合った優れたファンドをいくつか選ぶ楽しさは宝探しと同じだ。老後の資産形成のために時間をかけてファンドを選ぶ価値は大きい。そして、自分に合ったファンドと出会い、そのファンドに投資し続け、数年後・数十年後にそのファンドの収益が大きく増えているだけでなく、ファンドの投資先企業が大きく成長しているのを見るのも投資家冥利に尽きよう。ファンドラップやSMA等の資産運用サービスも、「個別銘柄の予測能力」を信じるかどうかの投資信念を明確にしないと、自分に合った資産運用サービスを選択することができない。投資信念のないお任せはない。「成長と分配の好循環」を実現していくためにも、個別銘柄の予測能力があると信じる人が増えること、すなわちアクティブ・ファンドに投資する人が増えることを願いたい。
最後に、日本株より外国株を好む人向けに紹介したいことがある。昨年度は日本株も外国株も40%程度も急上昇した。オールカントリーワールド(含む日本)のパフォーマンスは40.6%で、過去10年で年13.5%だ。一方で、TOPIXのパフォーマンスは41.3%で、過去10年で年11.2%だ。過去10年を振り返ってみて、日本株は外国株に大きく負けているわけではない。日本株の印象が悪いのは1990年代のバブル崩壊が頭に焼き付いているからだ。外国株のパフォーマンスが良いのは円安効果も寄与している。また、株式の期待リターン(野村モデル推計による将来の株式リターン)を求めたところ、外国株6.7%、日本株6.0%とほぼ同じ水準だった。日本のインベストメント・チェーンを好循環で回して日本経済を良くするために、我々はもっと日本株に注目してよいのではないか。