伊藤レポートから10年 ROE10%超えへの道

経済金融コラム2024年6月14日

野村證券市場戦略リサーチ部 シニア・エクイティ・ストラテジスト 元村 正樹

上場企業の23年度決算の発表が終わり、好調な業績推移が確認された。TOPIX(除く金融、日本郵政、ソフトバンクグループ)の構成企業(以下、「主要企業」)を対象に集計した23年度業績の実績値は、前年度比で4%増収、同12%経常増益、同13%純利益増であった。新型コロナウイルスの感染が抑制されて経済活動の正常化が一段と進んだことに加えて、22年度からの企業の値上げや原材料価格の落ち着きなどによる交易条件の改善などが、増収率に比べて高い増益率が実現した要因と捉えている。24年度以降はこれらの増益要因が縮小するものの、堅調な海外景気見通しや25年度に実質賃金が前年度比でプラスに転じる見込みなどを踏まえ、主要企業の増益基調が続くと予想している。

一方、企業の資本効率については、まだ改善余地が残っている。主要企業のROE(自己資本利益率)は23年度に9.6%と、米国(S&P500、除く金融)の半分にとどまっている。2000年代に入り多くの企業が資本効率を意識するようになったが、主要企業全体ではROE10%の壁を明確に超えられない状態が長期化している。

14年8月に、経済産業省が「持続的成長への競争力とインセンティブ ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書(通称「伊藤レポート」)を公表してから10年が経過しようとしている。同レポートでは、日本企業は資本コストを上回るROE(おおむね8%)を最低限達成することにコミットするべきであるとした。しかし、主要企業のうち、23年度にROE8%を達成した企業の比率は6割に届いていない。

ROEの改善が十分でない理由は、米国に比べて低い売上高純利益率である。ROE(純利益/自己資本)を売上高純利益率(純利益/売上高)、総資産回転率(売上高/総資産)、財務レバレッジ(総資産/自己資本)の3要素に分解して日米比較を行うと、「伊藤レポート」で指摘された売上高純利益率の日米較差は、23年(度)でもまだ5%ポイント近く残っている。加えて、13年(度)には横並びだった財務レバレッジは、10年間で大きく米国に後れをとってしまった。仮に、主要企業の財務レバレッジの水準が13年度と同一であったとすれば、23年度のROEは0.9ポイント改善していた。

23年3月に東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請したことを契機に、企業が資本効率を改善するために自社株買いなど株主還元を強化する動きが続いている。24年は5月までに上場企業によって約9兆円もの自社株取得枠が設定された。自己資本の積み上がりを抑制して、ROEの低下に歯止めを掛けようとする企業の意図が見て取れる。

ただし、自社株買いなどの株主還元の強化によってバランスシートの膨張を抑制したとしても、ROEの改善幅はその程度であり、米国との較差を縮めるには十分とは言えない。また、株主還元については、企業と投資家との目線に開きがある。生命保険協会による、企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート(23年度)では、株主還元の適切性についての観点が挙げられている。多くの企業が「株主還元・配当の安定性」や「総還元性向・配当性向の絶対水準」を重視するのに対して、投資家は「投資機会の有無」や「事業の成長ステージ」という回答の比率が高い。投資家は企業に対して利益成長とそのために必要な投資を求めており、株主還元はあくまで余剰資金で、という意向が見て取れる。こうした企業と投資家との考え方のギャップを、今後の両者の対話で埋めていくことが期待される。

東証の「要請」でも「資本収益性の向上に向けて、バランスシートが効果的に価値創造に寄与する内容となっているかを分析した結果、自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もありますが、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではありません。継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための抜本的な取組みを期待するものです。」と指摘されている。低採算事業の縮小・撤退及び高収益事業への集中といった抜本的な取組による利益率の向上なしには、ROEの一段の上昇は望めないだろう。

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