「メンバーシップ型」不正と「ジョブ型」不正
経済金融コラム2024年7月29日
野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤
前回(2024年5月28日付「誰が本当のボスなのか?」)に引き続き、組織の機能不全についての私見。4年ほど前に、当時制定されたグループ行動規範を所属するリサーチ部門内で浸透・定着させる役割を仰せつかった。部門内で若手スタッフと一緒に啓蒙企画を立案・実施したり、各部署の同じ立場の人達との会議に出席して意見表明や情報交換を行ったりしていた。そうした規定演技と並行して、コンプライアンス、リスク管理、心理的安全性などの文献を集中的にインプットした。その時得た知識は組織開発や人材育成にも通じるものがあり、今日の人的資本経営/関連情報開示を理解する土台にもなったので、役割として与えられた貢献を超えて有意義な経験であった。
そうした活動を通じて得た知見のうち、特に印象に強くの残ったものが、「ムシ型不正行為」と「カビ型不正行為」という組織不祥事の分類であった。「ムシ型」とは個人が私利私欲から行う着服・横領の類を指す。他方、「カビ型」とは組織的な不作為のことで、個人的な利得、明白な悪意というより会社のためという名目や、慣習的・継続的に行われることとされている。さらに、「カビ型」不作為が発生する背景として動機・機会・正当化という3要素の存在が「不正のトライアングル」として理論化されていることも知った。組織内の同調圧力が強いわが国にあっては、「カビ型」への対処が重要であるのは言うまでもない。これを防止するためには、手続き的な抑止機構導入以前に組織風土の改善が必要である。こうした知識を改めてインプットした上で、昨今の企業不祥事にニュースに触れるにつけ、上の「ムシ型」「カビ型」とは別の分類があり得るのではないかとの思いに至った。
筆者の試案では「ムシ型」に当たる着服・横領以外に、3分類できる。その第1は、前回触れた「正式な組織設計とは別の裏の実力者がいる」パターンである。正式ではないので当然、適切な牽制機能が作り込まれておらず、「裏番」が好き勝手振る舞える。形の上では牽制機能が設計されていても、属人的に圧倒的な権威が個人に集中して、設計上の牽制装置が機能しないこともあり得よう。ただし、上場企業では、J-SOXや監査、社外取締役による監視は二重三重に効いているので、このパターンは上場会社ではない閉鎖的な組織で示現するケースが多いように思う。第2は、私見では日本企業に根深いケースである。わが国の経営管理者は「PDCA」という言葉が大好きだが、その運用の実態は「P」(+dca)になっているのではないか、という仮説である。どういうことかというと、PDCAを回すと言っても実際には最初の「P」が金科玉条となって、後半のd(実行)、c(評価)、a(改善)のプロセスの起動を許さないのである。比喩としては飛躍があるが、アメリカ合衆国憲法は1788年に発効して以来、27の修正条項が可決されてきた。ドイツの憲法に当たる基本法に至っては、1949年に制定されて以来63回改正されてきたそうである。これに対して、1890年に施行された大日本帝国憲法は1947年に日本国憲法が施行されるまで一度も改正されなかったし、現行憲法も一切改正されていないことは周知のとおりである。いかに、日本人が「初めに決めたことを変えるのを忌み嫌っているか」がよく分かろう。初めに決めた「P」が変わらないなら、dcaで辻褄を合わせなければならない。無理が通れば道理が引っ込んで不正にならざるを得ない、という絡繰りである。いかにも、伝統的日本企業的なので仮に「メンバーシップ型」不正としておこう。
第3はその対偶で、必ずしも適切な用語法ではないが「ジョブ型」不正とでも呼ぶことにする。チームワーク、メンバーシップが基軸の働き方から、個人のパフォーマンスがより重視されるような組織、働き方へ移行していく流れを反映している。そこでは、適切に組織構造・評価基準を含むルーチン・文化が設計されないと、各個人は「自分のこと」を中心に考え易くなる。ルールの範囲内で利己的・自己中心の振る舞いが横行するのも困りものだが、そこでとどまれば不正にまでは至らない。しかし、その線を超えて、評価上のKPIを嵩上げしたり、自分を実力以上に良く見せたりするたにに、ルールを逸脱する者が出て来かねない。これは由々しき「不正行為」である。
「メンバーシップ型」不正を防ぐには、DCAのプロセスを適切に機能させることが必要であろう。状況の変化をきちんと分析・評価した上で、(単に甘いのではなく)次サイクル以降でのリカバリー策も含めて、納得ずくの計画変更を認める柔軟性が求められる。「ジョブ型」不正防止には、構造・ルーチン・文化の設計が肝要である。ここで話は振り出しに戻るわけだが、組織としての信条、行動規範、ビジョンに基づいた制度設計と、深いレベルでの浸透を図るしかない、ということではないか。もう一段、老骨に鞭打つ覚悟である。
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