少子高齢化でもサステイナブルな成長を維持するために

経済金融コラム2024年10月7日

野村證券フロンティアリサーチ部 エグゼクティブディレクター 西川 拓

日本の人口は2008年の1億2,800万人をピークに減少に転じた。政府は様々な少子化対策を打ち出してはいるものの、婚姻率の低下が進んでおり、その効果は薄れている。出生率の低下は、主に婚姻率と既婚女性が生む子供の数に関連している。既婚女性が生涯に生む子供の数は2人弱で、この数十年で大きくは落ち込んではいない。問題は、男性の非正規雇用者の増加や女性の経済的自立が進む中で、婚姻率が1990年代後半から低下し続けている点にある。魅力的な就職先が地方に少ないことなどから、地方から都市への転出する若年女性が増えていることも婚姻率の低下を助長している。都市への転出により、地方における結婚適齢期の男女数のバランスが崩れ、未婚化が進展している。短期的には、地域経済の活性化を掲げる石破政権下で、地方に留まる若年女性が増え、地域主導で出生率が向上することが期待される。

国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2020年から2050年にかけて日本の総人口は17%減少し、1億人に近づく見通しである。その間、年少人口(0~14歳)は31%減、生産年齢人口(15~64歳)は26%減と総人口以上の減少が見込まれる。一方で、高齢者人口(65歳以上)は2045年までは増加し続ける。注目すべきは、国内労働供給(≒日本人の労働生産年齢人口)の減少率(26%減)が国内労働需要の減少率(≒日本の総人口、17%減)を上回る点である。日本がサステイナブルに成長を続けるためには、政府、企業共にこの需給ギャップを埋めるための様々な施策をこれまで以上に講じる必要がある。これまで、労働供給を増やす施策として、シニアや女性の就労率の向上やDX・AIの導入、外国人労働者の活用などが行われてきた。ただし、シニアや女性の就労率向上には既に一巡感が見られる。DX・AIの導入による生産性の向上が本格的に見えてくるのもまだ先と見られる。我々は、(1)スポットバイトやギグワーカーなど、従来よりも労働時間や業務内容が細分化された働き方の導入や、(2)富裕層顧客向けの高価格プレミアムサービスの併設、(3)それに伴う訪日外国人の旺盛な需要の取り込みに注目している。

(1)女性やシニア層の労働時間の増加を阻むハードルとなっているのはそれぞれ、社会保険への加入義務が発生するいわゆる年収103万円の壁や130万円の壁、在職シニアの年金減額制度である。行政には、働く意欲のある女性やシニアの労働時間を顕在化する仕組みの実現を期待したい。他方、企業側に期待するのが、スポットバイトやギグワーカーなど、従来よりも労働時間や業務内容が細分化された働き方での導入である。子供や介護が必要な親をもつ女性や、体力的に長時間勤務が難しいシニアにこうした働き方が普及すれば、まだ社会参加していない潜在的な労働力を取り込める可能性が高まる。企業はタイミーのようなプラットフォーマーを活用することで、様々な労働条件を持った働き手の労働時間をパッチワークのように繋ぎ合わせ、必要な労働量を確保できる。

(2)医療・介護スタッフなどエッセンシャル・ワーカーに関しては、簡単に労働供給量を増やせない中で、DXやAIに依存せずに労働生産性を高める施策も検討されたい。従来のマス向けサービスに富裕層顧客向けの高価格プレミアムサービスを併設する。例えば介護サービスでは、料金もサービス内容も画一的な介護保険制度(=マス向けサービス)が利用されるのが一般的だが、それに飽き足らない国内外の富裕層向けに、マス向けサービスの数倍から数十倍の価格のプレミアムサービスを介護保険外(自費)で提供するイメージである。プレミアムサービスを提供するのは、マス向けサービスの提供で顧客から高い評価を得てきた高い接客スキルを有したスタッフがフィットしよう。ただし、マス向けサービス対比の単価上昇ほどのスタッフ数や人件費は必要ない。すなわち、プレミアムサービスは少ない人員で一定の利潤を確保できるという点で、働き手不足の時代にマッチしたサービスと考える。プレミアムサービスで得られた利潤の一部をマス向けサービスのスタッフの賃上げに充てることで、マス向けサービスの規模を拡大できる可能性が拡がる。

(3)(2)で言及したような日本独自の高品質な医療(メディカルツーリズム)や宿泊サービス(旅館宿泊者へのおもてなし)などをプレミアムサービスとして訪日外国人向けに高価格で提供することで外需を取り込みたい。人気外食チェーンでも、長い待ち行列時間を回避できる有料のファストパスは、折角の日本滞在を有意義に過ごしたい訪日外国人の需要を取り込めよう。限られた労働供給を需要の高いセクターに適切にアロケーションすることが求められよう。

各セクターが直面する課題に効果的に対処し、日本全体の経済や社会の持続可能性を向上させることが期待される。労働供給の確保や効率化、外需の獲得により、日本の経済基盤を維持・発展させるための道筋を探っていく必要がある。

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