中国ロボット市場の局面変化と日本企業の戦略

経済金融コラム2024年11月6日

野村證券金融経済研究所 所長 齋藤 克史

中国の経済・産業には様々な局面変化が現れており、その一つがオートメーション(自動化)の代表製品である産業用ロボットである。第1に、ロボット需要の急成長期は終わったと考えられる。国際ロボット連盟が9月に発表した「World Robotics」(産業用ロボットの世界市場調査)によると、2023年の中国市場(販売台数)は前年比5%減と、19年以来のマイナスとなった。20~22年の3年間で年平均26%成長と大きく伸びたので、23年は循環的に一服した面もある。それでも、中国経済の成長率は今後徐々に低下する一方、現場でのロボット導入率が以前に比べて高まっていることは、ロボット需要が鈍化する要因となる。ロボット連盟は今後4年間(24~27年)の中国需要の予想成長率を年平均3%と前年時点予想の同8%(23~26年)から引き下げた。

中国でのロボット導入率は高まっている。自動車産業の例では、生産台数当たりのロボット・ストック台数※1は日本や北米と近い水準へ上昇してきた。中国では過去10年間(14~23年)で生産台数が36%増(年平均3%増)、ロボット販売台数は4.6倍(同16%増)、ストック台数が9.4倍(同25%増)で、生産台数当たりのストック台数は6.9倍(同21%増)へ増えた。中国市場でもロボットによる自動化が更に進むためには、「先進国と比べて遅れていた分野のキャッチアップ」でなく、「新しい領域」の創出が求められる。

第2に、中国市場で中国企業製ロボットの存在感が急速に高まっている。販売台数に占める中国企業製の比率は、22年の36%から23年に47%へ大きくジャンプした。23年の販売台数は中国企業製が前年比24%増、外資企業製が同21%減と対照的となった。24年には中国企業製比率が5割を超えるであろう。もちろん、中国企業製の品質(精度、速度、寿命)は外資系製にはまだ劣り、それを反映して単価は約3割低い(製品によって異なる)。それでも、中国企業は競争力を着実に高め、ホーム・マーケットでシェアを高めている。これは、戦後に日本の機械メーカーが欧州・米国企業から学んで成長したことと同様のキャッチアップ・プロセスである。

こうした局面で、日本企業に求められる戦略は何であろうか。第1に、中国以外の地域での「堀」(参入障壁)を強化することである。自国市場でシェアを高めた中国企業は、次に海外市場を狙う。東南アジアが最初の候補になりやすい。地理的、経済的に近く、廉価品のニーズもあるためである。日本企業にとってはそこで競争力を維持できるかが、他の新興国市場での試金石になる。

参考となる例が、建設機械のコマツである。東南アジア最大の市場であるインドネシアでは、20年頃から中国・三一重工(Sany Heavy Industry)が攻勢を強め、21年上期には油圧ショベル販売台数シェアで26%を獲得した。これに対し、コマツは「東南アジアで負けるわけにいかない」とし、高コストパフォーマンス機の20t級油圧ショベル「CEシリーズ」(Civil Engineering: 都市土木)を同9月に本格投入した。この製品は、都市土木などの軽負荷作業向けを主な用途とし、燃費とコストを重視し、販売価格は世界標準モデルよりも10~15%低い。顧客にとっては、中国企業製品に比べればまだ高価だが、コマツの製品力、部品供給やサービス体制を含めた「総保有コスト」の観点で魅力的となる。コマツとしては、配車台数を増やして部品売上を伸ばし、「ライフサイクル」での利益の確保を狙う。実際、コマツのインドネシアでのシェアは21年に21%へ一時的に下がったが、23年に29%へ回復した(三一重工は同19%)。コマツはこれを機に新興国で「CEシリーズ」と標準モデルの2ライン戦略を展開し、低価格志向の顧客のニーズへも応えている。この例は、日本企業の新興国市場戦略として示唆に富むであろう。

第2に、新しい領域への一段の積極性である。日本のロボットメーカーは自動車産業と共に成長してきたことで自動車向け売上比率が高い。また、自動車が人命に関わることもあり、ロボットでも品質が非常に重視された。実際に、溶接ロボットなど高品質な日本企業製への評価は高い。中国のロボット市場でも自動車産業での中国企業製比率は23年に22%に留まり(外資系比率78%)、電機向けの同54%などに比べて低い。ただ、自動車向けの強みが、足枷になってはいけない。自動化需要は人手不足が続く中で、新しい業種、用途、地域で成長ポテンシャルが大きく、それぞれでニーズが異なるであろう。コマツの「CEシリーズ」のように、ターゲットとなる顧客のニーズに最適化した製品が需要を掴むと考えられる。

ロボットに代表される自動化産業は日本企業が強い分野であったが、中国市場では中国企業が台頭してきた。今後は、中国以外の市場で競争が始まろう。そのときは、国籍の重要性は低下し、各企業の固有の力が優劣を決める。中国企業では民営で企業家精神が旺盛なリーダーが率いる企業が強く、成長意欲も非常に高い。経営学の泰斗、一橋大学の野中郁次郎名誉教授は「失われた30年での日本企業の失敗は『野性の喪失』から」という※2。ロボットや自動化産業では、日本企業が持つ蓄積は様々な面で依然大きい。「野性」を取り戻し、スピードを意識して積極的に行動すれば、世界での競争力を十分に維持できるであろう。

  • ※1 ロボット・ストック台数は年間販売台数の過去10年間累計で算出
  • ※2 日本経済新聞(2023年10月8日付)
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