企業価値創造の物語(2)企業理念の具体性について

経済金融コラム2024年11月14日

野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤

前回、経済産業省の「価値協創ガイダンス」を頼りに企業価値創造の旅に出た。出発地に当たる企業の価値観では、優れた経営成果をあげている海外企業のミッション・ステートメントでは自分達「らしさ」を表現する「動詞」に特徴があることを見た。日本企業はどうであろうか。そこで、東京証券取引所時価総額上位100社のミッション・パーパス・社是などを調べて、その「動詞」に着目して分類してみた。すると、「貢献する」が38%、「実現する」と「提供する・届ける」が各7%、「創造する・つくる」が6%、「目指す・追求する」が5%、「拓く・ひらく」と「守る・支える」が各3%、残り31%がその他であった。「Empower」、「Organize」、「Connect」、「save」、「Bring」、「Help」、「Spread」など特定の行動に絞り込んだ海外企業のミッションに比べて良く言えば汎用的、少し厳しく言うと特徴がないものが多いように見受けられる(海外企業の詳細は2024年9月27日付の前回コラムを参照されたい)。筆者にはこの比較で海外企業が優れていて、日本企業は劣っているという意図は一切ない。日本企業のミッション・パーパスは創業来の理念に根差すものや、役職員の方々が時間をかけて練り込んだものばかりと理解しているからである。むしろ、この違いは企業像の違いを反映している。

付け焼刃の知識によると、英語で会社を表すカンパニー(company)はラテン語由来で「一緒にパンを食べる仲間」という意味だったそうである。つまり、出自は別々でも同じ志・目的のために(わざわざ)集まった人達なので、「何をやるか」が一番大事だということだろう。大航海時代の貿易船ではその志が「一攫千金」に絞られ、今日の会社に繋がる意味が付与されたのだという。これに対して伝統的な日本の会社観は、私見では「家」である。今でも会社を家(庭)、社員を家族に準える経営者の方は少なくない。家は目的を持って形成されたものではなく、目的以前に「実存が本質に先立っ」ている。従って、特定の活動に絞り込むより、「何か」前向きなことに広範に携わるのだという「家訓」との相性が良い。良し悪しを語るつもりはないのだが、企業価値創造(=将来キャッシュフロー現在価値の最大化)という観点からは、「何をやるか」が具体的な方が合目的的だと言えるのではないか。昨今のステークホルダー論に依拠して、「企業の存在意義はそれだけではない」という声が聞こえてきそうだが、これについては旅の終盤で再考したい。さらに、企業理念はインサイダーだけが暗黙知的に共有していれば良いのではなく、広くステークホルダーと共有しなければならない。とすると、やはり、はっきりと分かりやすい方が好ましい。

ところで、すべての日本企業が汎用的な理念を掲げて、何をするかより存続を優先しているわけではない。例外ももちろんある。興味深い例が上記調査の「その他」31%の中にあるので、いくつか紹介したい。トヨタ自動車のミッションは「幸せを量産する」である。これは凄い。量産が機能するためには設計・生産・販売が精緻に連動しなければならないので、正にトヨタと言う会社の在り様を的確に表していると思う。ソニーグループは「テクノロジーの力で未来のエンターテイメントをクリエイターと共創する」である。2000年代に入って電機、エンタメ、金融とコングロマリット化、業績不振も相俟って迷走しているかに見えた時期もあったが、2010年代後半に「感動会社」という概念でグループの全活動を包括し、現在のパーパスもその延長線上にある。そもそも、ソニーは有名な設立趣意書で「・・・自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」という目的を掲げているので、最初から上述の意味でカンパニーだった。三菱グループの理念(三綱領)は「所期奉公、処事光明、立業貿易」である。三菱は「家」なのであるが、創業初期から国家的事業観に立っていたことが分かる。ファナックの「厳密、透明」という基本理念は、事実上の創業者の人格をそのまま言葉にしたようなものである。これが会社としてのキャラクターも規定しているという点が面白い。最後に、日本ペイントホールディングスの経営ミッションは「株主価値最大化(MSV)」である。大株主が海外企業ということもあろうが、ここまで言い切っていると清々しい。

少し企業理念に深入りした。価値創造に専念するには「動詞」が具体的・明確な方が良さそうだが、企業理念はそう頻繁に見直すものではない。理念で多少幅広に自己規定していたとしても、ビジネスモデルを明確に打ち出していれば、企業価値創造プロセスを絞り込んで伝えることができる。企業価値創造の旅の次の寄港地はビジネスモデルとしよう。

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