企業価値創造の物語(3)ビジネスモデルの根幹は価値提供
経済金融コラム2025年1月22日
野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤
企業価値創造プロセスを、経済産業省の「価値協創ガイダンス」に沿って探求する旅の3回目。価値観(企業理念など)具体性が鍵ではないかという考察から、ビジネスモデルに向かって進んでいこう。ところで、ビジネスモデルとは何だろうか。広辞苑(第七版)には、「事業で収益をあげるための仕組み。事業の基本構想。」とある。普通の人が考えていることも、この辺りだろう。広告モデルや従量課金、サブスクなど、収入のあげ方を幾つかのパターンに分類してどの「モデル」に当てはまる、などと考える人もいるかも知れない。ところが、早稲田大学大学院ビジネススクールの入山章栄教授の800ページを超える大著『世界標準の経営理論』(2019年、ダイヤモンド社)によれば、「世界の経営学において、ビジネスモデルの研究はほとんど確立されていない」のだそうだ。三谷宏治『ビジネスモデル全史』(2014年、ディスカバー)にも「・・・この便利な言葉にはまだ定まった定義がなく、使う側も4割弱がそんなことにはこだわらずに使って」いると記されている。この旅程は始めからなかなか難路である。
このコラムは学術的な厳密性を追求しているわけではないが、何かきちんとした道標に基づかないと見知らぬ土地で迷子になりかねない。ごく個人的な経験だが、筆者が初めてビジネスモデルという用語に接したのはネットバブル最盛期。土地勘のあまりないネット銘柄、それも東証マザーズ(当時)第1号案件を担当することになった。右も左も分からない中で手当たり次第にネット業界関連書籍を乱読していた頃に出会った根来龍之・木村誠『ネットビジネスの経営戦略』(1999年、日科技連)であった。今回は同書の定義を手掛かりに歩みを進めることにする。
同書によると、ビジネスモデルとは(1)戦略モデル:顧客に対して自社が提供できるものは何か、(2)オペレーションモデル:戦略を支えるための基本構造、(3)収益モデル:事業活動の対価を誰からどうやって得るか、の3点を明らかにすることで表現できるという。中でも、最初に提示されている戦略モデルが最も重要なのは明らかで、具体的には当該事業の顧客、機能、対象製品、魅力、資源、前提などを表す。これはとりも直さず、当該企業・事業の価値提供(value proposition)ということである。価値とは再び広辞苑によれば「物事の役に立つ性質・程度。ねうち。効用。」(一部略)とある。つまり、価値提供とは顧客が顧客自身にとって「役に立つ」と考えることを実現することと考えてよい。さて、マーケティングで有名なセオドア・レビット博士の「ドリルを買いに来た人が欲しいのは(物体としての)ドリルではなく、『穴』である」という有名な命題がある。つまり、価値を単に製品・サービスレベルで捉えていては、本当に顧客にとっての価値を理解していることにはならない。さらに、ネット上には、どうしてその人は穴を開けたかったかにまで思いを馳せるべきだという論考もある(確かに!)。つまり、顧客が本質的にしたいこと(課題)を満たす、解決することは価値提供であり、ビジネスモデルの根幹だということである。
例えば自動車会社が提供する価値は(物体としての)自動車を売ることではなく、安全で快適な移動サポートすることである。なので、モビリティ・カンパニーという発想に繋がってゆく。ソフトウェア会社の提供する価値はソースコードが納められたプラスチック製のメディアを売ることではなく、計算や作文・作表・作図、或いは一連の業務フローを実現することである。そこで、クラウドやサブスクに発展していく。顧客が実現したいことがあまり変わらなくても、技術や環境の変化によってその実現方法=オペレーションは変わっていく可能性があるが、これについては(2)オペレーションモデルで改めて触れる。Eコマースなど大手ITプラットフォーム企業は、出品者と消費者の両方に価値を提供している。とりようによっては証券会社も同様である。外形上のサービスとしては投資家サイドには資金運用、企業サイドには資金調達を提供していることになっているが、投資家サイドの価値は資産形成、余裕のある生活、豊かな老後であり、企業サイドの価値はイノベーション、企業成長=雇用拡大である。併せて(手前味噌ながら)豊かな社会の実現となるわけである。
さて、(1)戦略モデルの価値提供での途中下車が長かったが、(2)オペレーションモデル、(3)収益モデルを足早に駆け抜けて、次は恐らく最も物議を醸し得るマテリアリティへ歩みを進めよう。