米国株式市場の構造変化の現在地を見つめる

経済金融コラム2025年2月3日

野村資本市場研究所 常務 関 雄太

第2期トランプ政権の規制緩和・経済政策への期待などを背景に、2025年に入っても米国株式市場は好調を維持しており、S&P500株価指数は1月23日に最高値を更新した。一方、長期的に見ると、米国株式市場においては、かつての常識を覆すような構造変化が続いている。その変化の現状を以下に列挙してみたい。

(1)SPACブームが終焉し、IPOの停滞が再び顕著に
まず、IPO(新規株式公開)について見ると、SPAC(Special Purpose Acquisition Company)ブームの影響で2021年のIPO調達額は2000年以降で最高を記録した。しかし、2022年になるとSPACブームが終焉し、IPO調達額は逆にこの25年間で最低となってしまった。その後、2024年にかけて若干の回復傾向が見られるが、SPACの影響を除いてしまえば、米国のIPO市場は20年に渡る長期停滞が続いている状況なのである。IPOの停滞は、新興企業の上場までの期間長期化などが背景だが、高騰する上場関連コストの忌避や活発なM&Aあるいは非公開化取引により、米国では上場企業数が20年余りの長期にわたり減少し続けていることはよく知られている。

(2)米国株式市場はますます資本還元の場となっている
米国上場企業の自社株買いはほぼ一貫して増加しており、配当と合わせるとS&P500企業ベースだけで2021年以降1.4~1.5兆ドル/年規模の株主還元が行われている(本稿執筆時点で2024年データは公表されていないが、第3四半期までのペースから見て史上最大となった可能性が高い)。2022~23年の2年に限ってみれば、エクイティファイナンス(IPO+公募増資)調達額の10倍を大きく超える規模である。すなわち米国市場では、年間で1兆ドルを超える資本が返還されたことになる。バイデン政権下で導入された自社株買い課税も、米国企業の行動にはあまり影響を与えなかった。

(3)パッシブファンドへの株式保有の集中がさらに進んでいる
インデックス投信とETF(上場投信)への資金流入も継続している。その結果、パッシブファンド(インデックス投信+ETF)が米国国内株式ファンド残高(約17.5兆ドル)に占める比率は約64%に達した(2024年12月末時点、モーニングスター調査を基に推計)。また、「ビッグ3」ファンドファミリー(ブラックロック、バンガード、ステート・ストリート)の米国上場株の保有比率合計は、いまや20%を超えていると推計されている(Hirst & Bebchuk 2022)。

(4)セカンダリー市場では本源的な企業価値に関心の低いプレイヤーが巨大化している
フィナンシャル・タイムズ紙は2024年秋に「ウォール街の新たな巨人たち」と題するシリーズ記事を掲載、シタデル・セキュリティーズ、ジェーン・ストリート、DRW、サスケハナなどプロップ・トレーディング・ファームが現物・デリバティブにまたがって証券市場の中での存在を高めていると指摘した。米国株式のセカンダリー取引においては、「マーケット・メイカー」「HFT(高頻度取引業者)」「クオンツ・ファンド」などと呼ばれるプレイヤーのシェアが60%前後に達しているとみられている。一方で、伝統的な証券会社のシェアは低迷している。プロップ・ファームの多くが非上場で情報開示が少なく実態がわかりにくいが、中長期の株式保有はまったく行わず、本源的な企業価値評価やエンゲージメントにもほとんど関心がないと考えられる。

(5)「マグニフィセント7」の株価指数に対する影響が強大に
2024年12月末、米国の代表的株価指数であるS&P500を構成する500社の時価総額合計の中で、マグニフィセント7(M7=GAFA+マイクロソフト+エヌビディア+テスラ)の時価総額の比率が史上最高の34%に達した。S&P500指数は時価総額加重平均で計算されているため、7銘柄だけで株価変動の相当部分が決まってしまうことになる。しかもパフォーマンスはM7の方が圧倒的に良く、実際にM7のみで時価総額加重平均指数を作成してみると2014年末から2024年末までの10年間で約885%の上昇となり、残り493社の指数の約101%を大きく凌駕する。M7株式をただバイ&ホールドで投資していれば、どんなファンドマネージャーよりも良いパフォーマンスを上げられた可能性があるということになる。

それぞれの構造変化には、さまざまな要因や制度・規制変更が複雑・相互に関係しており、単純化した評価や今後の展開を見通すことは難しい。しかしながら、いわゆる教科書的な説明における株式市場の機能や経済・企業経営における意義が変容していること、しかもその変化が10~20年もの間、持続的に起きていることは現実と受け止めざるを得ない。これらの構造変化によって、企業が上場することの意義、企業評価・株価形成のメカニズム、影響力のあるプレイヤーの顔ぶれなども変わってきたわけだが、日本でも自社株買いの増大や上場企業数の減少など構造変化の兆しが見られる現在、米国市場で起きていることの意味を注意深く検証して、政策・規制やビジネスに生かしていく必要性が高まっていると言えよう。

[参考文献]
  • Editorial board(社説), "The new titans of Wall Street", Financial Times (November 17, 2024)
  • Morningstar Research, "US Monthly Fund Flows: December 2024"
  • Scott Hirst & Lucian Bebchuk, "Big Three Power, and Why It Matters", Boston University Law Review (Volume 102, Number 5, September 2022)

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