欧州オムニバス法案とサステナブルファイナンスの行方
経済金融コラム2025年3月14日
野村資本市場研究所 野村サステナビリティ研究センター長 江夏あかね
欧州委員会は2025年2月26日、欧州連合(EU)におけるサステナビリティ及び投資関連規制を簡素化する包括的な法案(以下、オムニバス法案)を公表した。今般のオムニバス法案の策定のきっかけとなったのは、欧州中央銀行(ECB)前総裁のマリオ・ドラギ氏が2024年9月にEUに提出した報告書(いわゆる「ドラギ・レポート」)である。同レポートでは、企業の負担を緩和し、インセンティブに基づく手法を重視すべきと言及された。これを受けて、欧州委員会が2025年1月に第2次フォン・デア・ライエン委員長の下の政策枠組みとなる政策文書「競争力コンパス」を公表、そして今般のオムニバス法案の策定・公表につながった。
オムニバス法案の対象となるサステナビリティ関連規制は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、企業サステナビリティデューデリジェンスに関する指令(CSDDD)、EUタクソノミー、炭素国境調整メカニズム(CBAM)である。欧州委員会では、法案の目的は、サステナブルな移行に向けたEUの野心と欧州企業の競争力強化の両立としている。また、簡素化の主な方向性としては、適用範囲縮小、要件の緩和、適用開始時期の延期等であり、法案の内容が実現すれば、企業にとって相応のコスト負担軽減が実現する見込みと説明された。
4つの規制のうち、一部の日本企業も対応を迫られているCSRDについては、適用対象範囲が大幅縮小されること等が掲げられた。特に、今般の提案において、EUで重要な活動を行っている域外企業の報告義務について、純売上高の閾値が1億5,000万ユーロから4億5,000万ユーロに引き上げる旨が示された。一方、CSRDの特徴の1つであるダブルマテリアリティの概念は維持されるとともに、新たにわかりやすいガイダンスが策定される予定となった。
サステナブルファイナンス市場では、このオムニバス法案に注目が集まっているようだ。例えば、気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)、欧州サステナブル投資フォーラム(Eurosif)、国際連合責任投資原則(PRI)事務局及び投資家グループ(合計運用資産残高〔AUM〕約6.6兆ユーロ)等は2025年2月4日に公表した共同声明で、EUのサステナブルファイナンスの枠組みの簡素化と一貫性の向上という全体的な目的を支持するとしたものの、EUに対して同枠組みの完全性と野心を維持するよう求めるとともに、より効果的な対応としては、技術的基準の合理化に焦点を当て、明確な実施ガイダンスを提供することと主張した。
オムニバス法案は今後、CSRD、CSDDD及びCBAMについて欧州議会とEU理事会による審議・決定、採決といったプロセスを経る必要があるほか、EUタクソノミーの委任法令の改正案についても4週間のパブリック・コンサルテーション(公開諮問)期間を経ての採択、その後欧州議会とEU理事会による精査期間が終了した時点で適用といったプロセスになる見込みである。その意味で、同法案の内容に何らかの修正が行われる可能性もあることから、サステナブルファイナンス市場では、多くの投資家は様子見姿勢をとっており、オムニバス法案による特段の影響は2025年2月末時点では顕在化していない。
サステナブルファイナンス市場においては、米国のトランプ政権下における反環境・社会・ガバナンス(ESG)的な動きが観察される一方、欧州では域内資本市場の発展及び経済成長を意図としたサステナブルファイナンス推進のスタンスは基本的に継続しているとみられる。実際、欧州では、持続可能な開発目標(SDGs)に資する債券のうち、グリーンボンドを中心に相応の資金調達・投資需要が続いている。加えて、欧州グリーンボンド基準(EU GBS)が2024年12月21日に発効し、「欧州グリーンボンド」として債券を発行する場合、同基準への準拠が求められることとなり、発行事例も出現し始めている。
オムニバス法案が今後、(1)欧州企業による資金調達や投資家による投資需要にどのように影響を与えるか、(2)EU GBSがEUタクソノミーへの準拠を要請していることもあり、同基準に基づく欧州グリーンボンドの発行に影響を及ぼすことがあるか、が注目点と言える。