企業価値創造の物語(4)何のためにマテリアル(重要)なのか
経済金融コラム2025年3月31日
野村證券金融経済研究所 シニア・リサーチ・フェロー兼アドバイザー 許斐 潤
企業価値創造プロセス探求の旅、ビジネスモデルの続き。ビジネスモデルの根幹をなす「価値提供」の探索に時間を使ったが、残る2要素は比較的分かりやすいので速足で駆け抜けよう。前回参照した根来・木村『ネットビジネスの経営戦略』によれば、「オペレーションモデル」は戦略を支えるためのオペレーションの基本構造を表現する。要するに、誰が作って、誰が売って、誰が…という業務フロー・チャートのようなものだと考えられる。一方、「収益モデル」は事業活動の対価を誰からどうやって得るか表現する。根来は後年、これにコスト構造も加えている※1。
価値創造プロセス上のビジネスモデルの次の構成要素は、価値協創ガイダンス1.0(2017年5月)では「持続可能性・成長性」、同2.0(22年8月)では「リスクと機会」となっている。実は、価値協創ガイダンスの本表には「マテリアリティ」という用語は出てこない。ただ、1.0の持続可能性・成長性に纏わる解説パートには「持続可能性上の重要性を評価」との記載があって、事実上マテリアリティに言及している。また、一般的な統合報告書でも定番の構成要素になっていることから、この旅ではビジネスモデルの次の目的地をマテリアリティとしたい。
まず、東京証券取引所プライム上場企業・時価総額上位企業のマテリアリティを調べてみた※2。すると、気候変動が21%、人的資本・DEIが18%、製品安全が13%、技術革新と業界特有の要素がそれぞれ12%と、これらの項目で77%を占めた。業界特有というのは例えば、自動車会社の「移動価値の拡張」、人材関連企業の「求職者支援」、ヘルスケア企業の「医療アクセス」、テクノロジー企業の「責任あるAI」など各業界固有の要素を示している。それ以外では人権、DX、ガバナンス、供給責任といった項目が数%ずつあった。この調査の過程で生じた微妙な違和感は、各社のウェブページで「マテリアリティ」と検索をかけるとほとんどの場合でサステナビリティの関連ページに飛ばされたことである。上記の調査結果を見ても、30社中19社が気候変動をマテリアリティに挙げている。確かに、資源多消費型の素材メーカーやエネルギー企業が気候変動を自社にとって死活的な重要性を持つと考えるのは自然である。他方、気候変動問題が企業活動にとって重要でないと言うつもりはないが、電機メーカーや金融機関にとって気候変動が自社の企業価値創造に結びつく経路は想像しにくい※3。
海外の例では、(一般化できるレベルではないが)米ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMS)のマテリアリティ・マトリクスでは、価格・患者アクセス、製品技術革新、患者安全・製品品質など価値創造、つまり利益創出に直結する内容が上位に掲げられている※4。同様に、
- 英GSK:製品品質、製品技術革新、医療アクセス・値ごろ感
- 仏サノフィ:技術革新マネジメント、価格、患者会との関係
- ※1 根来・富樫・足代「この一冊で全部わかる ビジネスモデル」(2020、SBクリエイティブ)
- ※2 東京証券取引所プライム上場企業・時価総額上位から統合報告書などでいわゆるマテリアリティ・マップの開示しており、マテリアリティの優先度が把握できる企業を対象とした。当該マップから目視で優先度が高い項目3つを取り上げ、類似の表現を統一して示した。例えば、環境、温暖化、排出削減などの用語は「気候変動」にまとめた。これをサンプルが30社に達するまで調べた。結果として、時価総額上位企業のマテリアリティを90項目抽出したものが上記記述の母集団である。
- ※3 例えば、経常利益2,000億円規模のある会社はマテリアリティに脱炭素を掲げているが、TCFD提言に基づくシナリオ分析では事業活動に適応力がある、資産評価、物理的被害も数億円~数十億円と開示している。当該企業を批判するのが目的ではないので、社名や表現、数字はぼかしてある。
- ※4 海外企業では、「企業名 materiality assessment」で検索すると、ここに掲げた以外にも多くの情報が引っ掛かってきた。