生成AIによる個人向けITサービスの進化

経済金融コラム2025年4月17日

野村證券フロンティア・リサーチ部 シニア・リサーチャー 中野 友道

2022年のChatGPT発表以降、生成AIへの関心が急速に高まり、主要テクノロジー企業を中心に巨額の投資が続いている。しかし、現時点で収益化が進んでいるのは、半導体やクラウドコンピューティングといったインフラ領域が中心である。生成AIの基盤モデルやそれを活用したアプリケーションは、開発コストの高さや収益モデルの未成熟さから利益創出の途上にある。19世紀の米国でのゴールドラッシュにおいて金鉱採掘よりもツルハシやジーンズの販売が利益を上げた事例に類似している。

そうした環境下、中国企業のDeepSeekは2024年12月に、GPT-4oに匹敵する性能を持つ基盤モデル「DeepSeek-R3」をオープンソースで公開した。R3は、学習に要したコストがわずか557.6万ドルと、従来モデルより圧倒的に低コストでありながら、高性能を実現している。また、API連携費用も既存の生成AIを下回る価格設定で提供されている。DeepSeekの台頭により、生成AIの利用コストが大幅に低下し、アプリケーション開発のハードルも下がることが期待される。生成AIはインフラ普及期からアプリケーション普及期への移行が進みつつある。

現時点の生成AIのアプリケーションは、ChatGPTを活用した要約や翻訳等の業務効率化、プログラミングコードの記述や編集に特化した「コーディングエディタ」の開発・利用が主流である。ただし、生成AIが本企業の業務に広く浸透するまでには一定の時間を要する見込みだ。そこで、生成AIの普及の道筋を考える際には、個人市場に注目したい。過去のIT技術の普及プロセスを振り返ると、1990年に米国で商用インターネットが解禁されてから、インターネットやスマートフォン、クラウドサービスといった技術革新は、まず個人向けの利用から広がり、その後法人向けの市場に浸透していったという経緯がある。

生成AIも同様に個人市場が普及の重要な起点となるのではないか。法人ユーザーは生成AIの利用を進めるうえで組織や業務フローの整備、費用対効果の見積等が必要で導入には時間が掛かる一方、個人ユーザーは意思決定が迅速で、リスク許容度も大きいため、生成AIを利用するハードルは法人よりも低い。また、生成AIは個人のニーズに合わせたパーソナライズされたサービスを提供するのに適しており、日常生活の中でその利便性を直感的に体感できる。

具体的な利用法としては、検索サービスを超えた高度な情報検索や購買の支援、スケジュール管理等が挙げられる。従来の検索エンジンでは、利用者が複数のウェブサイトを閲覧して情報を取捨選択する必要があったが、生成AIは質問に対して要約した情報を簡潔に提示することで情報検索の手間を大幅に軽減できる。また、ECサイトでの購買行動においても、生成AIは希望条件に合致する最適な商品を即座に提案し、効率的な購入プロセスを実現する。さらにスケジュール管理やタスクのリマインド等の日常的なタスク処理にも有効である。生成AIはこのような利便性を通じ、単なるツールを超え、個人の生活を支援する「AIコンシェルジュ」へと進化するだろう。

個人市場における生成AIの普及に伴い、多様な市場が影響を受ける。特に大きな変化が予想されるのは、デジタル広告市場とEC市場である。デジタル広告市場ではAIコンシェルジュがユーザーの趣味嗜好や検索履歴を活用し、高精度でパーソナライズされた広告を提供する可能性がある。従来型の検索連動広告やメディア広告の形式は変化を迫られるが、AIを通じた新たな広告モデルが登場し、市場の構造変化が進むと予想される。EC市場では、生成AIが消費者の購買行動を促進させることで、EC市場の成長が加速する一方で、ECサイト内の広告収益モデルは見直しを迫られる可能性がある。また、ECプラットフォーム間では競争が激化し、価格やサプライチェーンの強化が重要となるだろう。

生成AIの普及は、ビッグテック間の競争も激化させる。Alphabet、Microsoft、Amazon.com、Meta Platforms等の巨大IT企業は、それぞれ膨大なファーストパーティデータを保有しており、生成AIの進展で互いの事業領域を侵食し合う可能性がある。特に検索サービスやEC分野は、生成AIによる影響が大きい領域である。また、生成AIにアクセスする手段も多様化すると見込まれ、スマートフォンに代わる新たなデバイスや、ロボット、自動車等の新しいインターフェースも登場すると予想される。実際、Amazon.comは次世代アレクサを開発中であり、OpenAIもAIを軸にした新型デバイスの開発を発表している。日本国内でも電車内の風景がスマートフォン一辺倒から多様なデバイスを使用する姿へと変化する可能性がある。

生成AIは情報収集や日常生活のサポートにおいて、革新的な利便性を提供する技術として進化し続けるだろう。DeepSeekの登場は、生成AIがインフラ普及期からアプリケーション普及期に移行しつつあることを示している。今後、個人市場が普及の重要な起点となり、法人市場にも徐々に浸透していくと予想される。生成AIが社会や経済にもたらす影響を注視したい。

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