投資家に評価される経営改革とは

経済金融コラム2025年5月21日

野村證券金融経済研究所 所長 齋藤 克史

米国トランプ政権の関税政策により、企業を取り巻く外部環境はいつにも増して不確実である。こうした局面では、「自助努力による経営改革」へ取り組む企業へ投資家は投資しやすい。以下では、「投資家から評価される経営改革」のケースを紹介したい。

第1に、最近の株式市場で注目されているTHKの経営改革が挙げられる。同社は24年11月に「経営方針の見直し」を発表した。これは全社を挙げた経営改革で、その内容、背景、実行方法に投資家が評価する要素が多く含まれる。株価は発表後の約6カ月間で41%上昇した(TOPIXは同期間で横ばい)。

まず、その基本方針は「ROE 10%超の早期実現」で、そのために事業戦略として「稼ぐ力の上昇」、財務戦略として自己資本の圧縮を行う。「ROEを事業戦略と財務戦略に分けて考えるアプローチ」がファイナンス理論に沿うため、特に海外の投資家が理解しやすい。

事業戦略では「投下資本利益率(ROIC)と資本コスト(WACC:加重平均資本コスト)を比較し、事業の選択と集中を実行する」という。同社には祖業である産業機器事業と、過去に2社を買収した輸送機器事業があり、後者の利益率が長年低位に留まっている。輸送機器について「あらゆる選択肢・可能性を排除せず、25~26年度に『選択と集中』を完遂」と強い意志を示す。また、産業機器についてはマクロ経済に頼らずに自助努力で利益を増やす計画である。

財務戦略では「当面の必要な自己資本を3,000億円程度と設定し(24年9月期末3,671億円、ネットキャッシュ396億円)、配当(DOE 8%)と自己株式取得により自己資本を削減」とする。24年11月に自己株式取得400億円を発表し、25年3月に終了した。また、5月には25.12期配当計画をDOE 8%の方針に基づき246円と発表した。5月19日終値3,625円を基にすると、配当利回りは7%に達する。事業戦略の実行は容易でないが、財務戦略は経営者が決断すれば直ちに可能である。自己株取得、大幅増配に示される有言実行が、投資家の経営改革への期待を高めている。

次に、改革を決断した背景である。これは24年1月に就任した寺町崇史社長(創業家3代目、46歳)が夏に欧州・米国の投資家を初めて訪問し、意見に耳を傾けたことが大きい。それまで同社のROEは5%程度に低迷し、PBR(株価純資産倍率)も1倍割れが続いていたため、改善策が厳しく求められたであろう。社長が決断し、投資家の声を参考にしながら社内で改革プランを練り上げた。PBRは発表前の0.9倍から現在は1.3倍へ上昇した。

さらに、実行方法については、社長のリーダーシップの下、事業部門(営業、開発、生産、FAソリューション)、本社・コーポレート部門を含む全社のプロジェクトとなっている。また、従業員持ち株会を通じて社員へ株式を付与する。これは、改革の原動力となる社員の福利厚生を充実するとともに、株主と価値を共有することで企業価値の持続的な向上へのインセンティブを高める狙いである。

第2に、固定費管理に優れるケースとして、コマツを取り上げたい。4~5月の決算発表では、伝統企業で人員削減を伴う構造改革に踏み込む企業が見られる。コマツの経営構造改革(第1次)が行われたのは初めて営業赤字を計上した2002.3期と24年前であるが、その内容は今でも参考になる。同社の構造改革での大きな施策の一つが固定費削減で、ポイントは次の3点である。

まず、売上高成長とコストを別々に捉える「成長とコストの分離」という考えである。それまでは「売上高が増えればコストが多少増えても吸収できる」という甘えがあり、固定費が膨れていた。しかし、営業赤字へ転落した原因は販管費を中心とする高い固定費と突き止め、その削減を最優先した。特に、本社の業務を徹底して見直した。また、固定費を「見える化」して管理しやすくするために、原価管理方式を全部原価計算(固定費を原価へ配賦)から直接原価計算(変動費、固定費を分けて把握)へ変更した。構造改革後は「売上高が伸びても固定費を安易に増やさない」と固定費管理を徹底している。

次に、変動費よりも固定費の削減に力を入れた。変動費の削減は部品サプライヤーに負担を強いる場合が多い。同社の売上高営業利益率は競合相手の米国キャタピラーと比べて6%ポイント低かったが、売上高総利益率は遜色なく、日本の工場(生産部門)は十分な競争力を持つと評価した。問題は高い固定費(販管費)で、社内に蓄積されていた「無駄な事業や業務」にメスを入れた。2001年には初めての希望退職を実施した(それ以後は行っていない)。

さらに、この方針が24年を経た今でも重視されていることである。24年9月に発行された「コマツレポート」(統合報告書)のCFOメッセージには、「『成長とコストの分離』が基本方針」と固定費管理を重視する姿勢が示されている。実際に、売上高販管費率は2001.3~02.3期平均(構造改革前)の24%から08.3期に14%へ低下し、その後も過去10年平均(16.3期~25.3期)で17%に抑制されている(過去10年平均の売上高総利益率29%、売上高営業利益率12%)。

なお、固定費管理は業績と株価の安定性にも寄与する。売上高固定費比率が低いと営業レバレッジ(売上変動率に対する営業利益変動率の割合)、すなわち利益変動率が低くなる。これは投資家にとってリスク(変動)が下がり、ひいては要求利回り(株主資本コスト)が下がり、株価が上がる要因である。同社は建設機械需要が景気変動の影響を受けることを認識した上で、利益を少しでも安定させるために固定費管理を重視している。もちろん、成長のための戦略的支出(研究開発費など)は増やしている。それと継続的な構造改革効果による削減を分けて管理し、固定費全体が必要以上に増えないように努めている。

以上のTHKの経営改革、コマツの固定費管理で共通するのは、経営トップの強い意志である。それが伝わり、社員が変わり、会社が変わる。コマツの構造改革(第1次)当時の様子について、同社の元CFOは次のように話している。「2001年に大赤字になった時に、その時の社長は『今までみんな一流企業に勤めていたと思っていたかもしれないけれど、もう一流企業だと思わなくていい。二流企業だと思っていい。だから、何となく一流企業だと思うと、体面上こんなこともやらなくちゃいけないとか、そういう変なしがらみが出てくるけれど、そんなことやらなくていい』というようなことを言っていました。ずいぶんみんなで意識を変えて、今まで当たり前だと思っていたことがそうじゃないよと思い出した」。構造改革で国内の関係会社や人員体制の見直しを行ったことにより、社員に危機意識が浸透し、その機を境に「ある意味まったく別の会社になった」という。

THKのような経営改革は周到な準備が必要であるが、コマツの固定費管理はすぐに着手できる部分がある。売上高営業利益率が高い企業と低い企業を比べると、販管費を中心とする固定費(とくに本社)がその差を生んでいる場合が多い。固定費の抑制は事業の稼ぐ力(ROIC)を高めるだけでなく、ハードルレート(株主資本コスト)を下げるために投資家がその株式を保有しやすくなる。ROEが低く、PBRが1倍を下回る企業はぜひ参考にしていただければと考える。

  • ※浅田拓史ほか. 2016. 「コマツの経営改革と管理会計」『原価計算研究』 Vol.40 No.2: 154-166
  • 参考文献:坂根正弘. 2011. 『ダントツ経営』日本経済新聞出版社

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