排出権取引をビジネス化する欧州金融業界

磯部 昌吾

要約

  1. 多くの国や企業が温室効果ガス排出の実質ゼロ(ネットゼロ)を目標に掲げる中で、俄かに排出権取引ビジネスが注目を集めている。2020年の世界の主要な排出権取引制度における排出権の取引金額は、2016年対比で6.7倍の2,291億ユーロとなった。欧州連合(EU)は、このうち9割近くを占める。
  2. 多くの売り手と買い手が排出権の「取引」を行うようになるのであれば、取引所にとっての商機は大きい。インターコンチネンタル取引所(ICE)やロンドン証券取引所(LSE)は関連する上場プロダクトを拡充することで、この機会を捉えようとしている。
  3. 欧州の金融事業者では、直近にスタンダード・チャータードが排出権トレーディング・デスクを立ち上げたほか、大手銀行が共同で炭素クレジットのマーケットプレイスを設立する動きもある。また、大手資産運用会社が炭素クレジットを活用したプロダクトの投入を進めるほか、IHSマークイットは排出権取引のデータを扱うレジストリーの設立に乗り出している。
  4. もっとも、欧州では、温室効果ガスの排出を続ける企業が購入した排出権によって相殺を行うことに対して、一部の環境保護団体などからは否定的な意見もあり、EUは企業活動自体の排出量の削減を優先する構えである。
  5. 排出権取引の利点は、さまざまな経済主体が取引を行うことで経済全体においても安価な方法で排出量を削減できる点にある。欧州の二酸化炭素排出は世界の1割に満たず、多くをアジアが占める。炭素クレジットを生成する低コストの自然資源の潜在供給力でも9割をアジア・中南米・アフリカが占める。重要なのは世界規模でのネット排出量の削減である。グローバルな視点から、金融業が排出権取引の利点を後押しできるかが問われている局面といえよう。
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