JICA債への投資を通じた持続的な社会の実現

日本における単一宗教宗派としては最大であり、約14,000の寺院を有する曹洞宗と、日本で唯一の政府開発援助の実施機関であり、2016年に日本で初めてソーシャルボンドを発行した独立行政法人国際協力機構(JICA)によって、「食」、「防災・災害復興」、「平和」をテーマとしたエンゲージメント対談が行われました。

参加者

曹洞宗宗務庁 独立行政法人
国際協力機構(JICA)
野村證券株式会社
  • 責任役員 財政部長 近藤 龍法氏
  • 財政部 経理課 課長 山内 祥信氏
  • 曹洞宗総合研究センター 常任研究員 宇野 全智氏
  • 財政部 経理課 書記 渡邊 雄貴氏
  • 財政部 経理課 嘱託員 阿部 宗道氏
  • 財務部長 清水 曉氏
  • 財務部財務第一課長 高橋 順子氏
  • 財務部財務第一課 企画役 内藤 悠子氏
  • 財務部財務第一課 調査役 小池 貴大氏
  • 財務部財務第一課 副調査役 平田 桃氏
  • 本店法人営業二部 阪上 真菜実
  • 公共法人部 石原 孝彦
  • キャピタル・マーケット部 尾島 悠介
  • 公共法人部 今中 陽己

曹洞宗について

石原:

本日はエンゲージメント・ミーティングという形で、発行体である国際協力機構(JICA)様と、投資家である曹洞宗様との間で、「食」、「防災・災害復興」、「平和」をテーマとして対談いただきます。まず、曹洞宗様の概要と、SDGsの取組み・考え方などについてお聞かせください。

曹洞宗の概要

曹洞宗 近藤氏:

曹洞宗は、今から800年ほど前、道元禅師(どうげんぜんじ)様が禅の教えを中国から日本に伝え、瑩山禅師(けいざんぜんじ)様とそのお弟子様たちによって、全国に広まりました。 福井にある永平寺、横浜にある總持寺(そうじじ)を両大本山として、全国に約14,000の寺院と、約15,000人の僧侶がおります。

曹洞宗の教え

曹洞宗宗務庁 近藤氏

曹洞宗宗務庁 近藤氏

曹洞宗 近藤氏:

永平寺を開かれた道元禅師様は、お釈迦様が悟りを開いた姿である坐禅(ざぜん)を重要視され、生涯を通じて参究されました。そのため、曹洞宗の教えの根幹には『只管打坐(しかんたざ)』といって、ひたすらに、ひたむきに坐禅をする教えがあります。

ただ、禅の修行とは坐禅だけではありません。曹洞宗の僧侶は修行中、「日常生活の全てが修行である」と教わります。坐禅をしたり、お経を読むことだけが修行なのではなく、掃除をしたり、食事をいただいたり、あるいは食事を作ったり、事務作業をしたりといった、日常のすべての行いについて、感謝の気持ちと真心をもって行うことが、大切な修行であると考えます。

曹洞宗の取り組み

曹洞宗ホームページにて 「人権・平和・環境」の取組みを紹介

曹洞宗ホームページにて
「人権・平和・環境」の取組みを紹介

曹洞宗 近藤氏:

こうした禅の教えをわかりやすくお伝えしていくため、1992年から、「人権の確立、平和の維持、環境の保護」をスローガンに掲げ、さまざまな活動に取り組んでいくようになりました。

禅の修行とは、坐禅や読経だけではありません。曹洞宗として社会のさまざまな課題の解決に取り組んでいくことは、曹洞宗の僧侶として自己を育てる大切な禅の修行です。近年のSDGsという考え方の広まりによって、JICA様のような世界的に活動されている法人様とつながりをもつことで、曹洞宗の理念の実現に向け、間接的にではありますが、世界中のより広範な課題に対してアプローチすることができるようになったと感じています。

曹洞宗宗務庁 阿部氏

曹洞宗宗務庁 阿部氏

曹洞宗 阿部氏:

道元禅師様は、起床・食事・掃除・洗面・入浴など、日常生活のすべての行為に坐禅と同じ価値を見いだし、禅の修行として行うことを説いています。これが根幹の一つである「禅の実践」です。

もう一つ大切な教えがあります。私たちは仏様と同じ心、「仏心(ぶっしん)」を与えられてこの世に生まれたと、道元禅師は言われます。「仏心」には、自分のいのちを大切にするだけでなく他の人びとや物のいのちも大切にする、他者への思いやりが息づいています。しかし、私たちはその尊さに気づかずに、わがまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくってしまいます。

日々の生活を意識して行じ、互いに生きる喜びを見いだしていくことが、曹洞宗の目指す生き方といえます。これがもう一つの柱である「菩薩行の実践」です。菩薩というと「観音菩薩」や「地蔵菩薩」など仏像が思い浮かび、拝む対象と考える人が多いと思いますが、菩薩は私たちを助けてくれる存在であると同時に、私自身が「目指し、なっていく」ものです。

近年の取り組み

祈りの集い-自死者供養の会-

  • 年に2回、ご家族やご友人を自死で亡くされた方を対象とした供養の会
  • 亡くなられた方々のご遺族は、多くの場合その突然の出来事に、やり場のない怒りや自責の念などを抱えており、また、ご遺族の中には社会の偏見により、葬儀を行うことすら出来ない方もいらっしゃるという現状を踏まえ、僧侶としての大切なつとめである、「ご供養」を行いたいとの一心から、2009年にスタートした取り組み

被災地での支援活動

  • 東日本大震災の被災地でのさまざまな取り組み(岩手県山田町での絵本の読みきかせ、紙芝居、福島市でのビーズブレスレットづくりワーク、宮城県名取市での匂い袋づくりワーク)
  • 苦しい思いを抱える人々と同じ時間を共有し、心のふれあいのきっかけを作る

障害平等研修

  • 障害のある方にとって、社会の中にはさまざまな障壁が存在している。そんな社会の壁を取り除くためには、私たち一人ひとりが障害への理解を示し、ちょっとした配慮や気配りをすることが必要不可欠
  • 「誰もが安心して来られるお寺にしていこう」、「誰もが当たり前にお参りできる供養の場にして行こう」との思いから、曹洞宗では、毎年、すべての僧侶を対象として全国で人権学習を開催

曹洞宗のSDGsに対する考え方

対談会場(曹洞宗宗務庁 研修道場)

対談会場(曹洞宗宗務庁 研修道場)

曹洞宗 阿部氏:

「菩薩行の実践」は、社会全体や相手のための行いであると同時に、自分自身を仏として成長させる大切な修行でもあります。「人はどう生きるべきか」、「人の死とどう向き合うべきか」という重要な問いの答えが、SDGsへの取り組みを通じて、禅の生き方の実践として実現されるのです。

曹洞宗におけるSDGsへの取り組みは、単に社会貢献活動としてだけではなく、禅の信仰実践として位置づけられるものです。 曹洞宗はSDGsの理念である「誰一人取り残さない社会の実現」を「菩薩の誓願に生きる信仰実践」として、今までも、これからも、多くの人々と共に活動を進めていきます。

「禅と食」の基本的な考え方

曹洞宗総合研究センター 宇野氏

曹洞宗総合研究センター 宇野氏

曹洞宗 宇野氏:

日常生活を修行にしていくということですが、私たちが修行している理由は、あの人素敵だなと言ってもらえる人になること、また、自分にとっても、今日の自分は素敵だったなと思えるようになっていくことです。私が人類史上最も憧れる先輩はお釈迦様であり、お釈迦様の言っていること、考えていること、やっていることがとても素敵な人で、あの人みたいになりたいなというのが、私たちが修行する理由です。それは、自分のことよりも他人を優先していく「菩薩」の実現であったり、私たち自身が行いを通じて仏を立ち現せていくことです。お釈迦様の悟りの姿である坐禅をすることも大事ですが、食事をとること、顔を洗うこと、そうした日常生活の中で、素敵な人ってどんな人なんだろうと突き詰めて考えて、それをやり続けることで自分自身を磨いていくことが大事です。

道元禅師様が日本に食の大切さを教える前は、日本の修行道場では食事はいわばオフタイムでした。さっと食事を終わらせて坐禅をしよう、お経を読もうという感じでした。しかしそれは本当に仏の姿なのだろうか、食材に思いを寄せながら、食べることを人生の中でどう位置づけるのか、1日3度ある食事、死ぬまでに何万回も食べる食事の場を自分を素敵な人にしていく訓練の場、修行の場にしていこうというのが「禅と食」の基本的な考え方です。

「五観の偈(ごかんのげ)」について

「禅と食」の道しるべとなるお経で、「五観の偈」というタイトルは、食事を修行にしていくための道しるべとなる食事への向き合い方という意味(五:5つの項目、観:物事の道理を見定めていくということ、偈:短いお経)。

ひとつには功の多少を計り、の来処を量る。(食材の命の尊さと、かけられた多くの手間と苦労に思いをめぐらせよう)

ふたつには己が徳業の、全欠をはかって供に応ず。(この食事をいただくに値する正しき行いをなそうと努めているか反省しよう)

みつには心を防ぎとがを離るることは、貪等とんとうを宗とす。(むさぼり、いかり、おろかさなど過ちにつながる迷いの心を誡めていただこう)

よつには正に良薬を事とするは、形枯ぎょうこを療ぜんが為なり。(欲望を満たすためではなく健康を保つための良き薬として受け止めよう)

いつつには成道じょうどうの為の故に、今此のじきを受く。(皆で共に仏道を成すことを願い、ありがたくこの食事をいただきましょう)

作法

精進料理

精進料理

ワークショップ体験の様子

ワークショップ体験の様子

国際協力機構(JICA)について

石原:

次に、国際協力機構(JICA)様の概要と、業務内容についてお聞かせください。

JICAの概要

JICA 清水氏

JICA 清水氏

JICA 清水氏:

JICAは2003年に独立行政法人として設立された、日本唯一の政府開発援助の実施機関です。開発途上地域の開発、復興、経済の安定に寄与することを通じて、日本及び国際経済社会の健全な発展を組織の目的としています。JICAの主な業務として、有償資金協力(開発途上国等への出融資)、無償資金協力、技術協力があります。このほかにも、海外協力隊(ボランティア)の派遣事業や、大規模な自然災害発生時に日本政府が派遣する国際緊急援助隊の派遣業務もJICAが担っています。海外に96拠点を置いて事業を行っていますが、国内にも15か所の拠点があり、最近では日本の地域の方々との連携事業にも力を入れています。

先ほど曹洞宗様のSDGsへの取組みについてお話を伺いましたが、JICAが事業を実施する上での基本的な考え方として、「人間の安全保障」を掲げてきました。人間一人ひとりに着目し、生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り個々の人間の安寧を保障すべきであるという考えです。

世の中には紛争・貧困等で最低限の生活が送れない方がたくさんいらっしゃいます。国際協力というと、その国(政府)に対して何か援助するようなイメージだと思いますが、その先にいらっしゃる、そこに住んでいる人々に対して、いかにこういった事業で手を差し伸べられるかを考えながら事業を行っています。SDGsには「誰一人取り残さない」という理念がありますが、「人間の安全保障」はその理念とも大変関連性が深く、JICAの支援する事業はSDGsの17のゴール全てに大変強く関係しています。

JICAのSDGsへの取り組み(JICAホームページより)

JICAのSDGsへの取り組み(JICAホームページより)

食料安全保障の取り組み

JICA 清水氏:

曹洞宗様における食、料理は、修行の一環であり、大変重要なことと伺いました。ワークショップでいただいたお料理は、みなさまの心の詰まったものであり、どんな食材であっても、大事にいただく、相手の立場に立って料理をするということを感じました。

ネリカ米とは(JICAホームページより)

ネリカ米とは(JICAホームページより)

食という観点から申し上げると、今現在世界ではおよそ80億人の人が暮らしていますが、2022年の飢餓人口は7億人といわれ、実に11人に一人が飢餓に苦しんでいる計算になります。世界人口はいずれ100億人まで達するという推計も出ています。そうなると、人類の食料の確保はますます重要な課題となります。特にこの先急激な人口増加が見込まれるアフリカへの協力は極めて重要になってきます。

JICAはアフリカの環境に適したコメ、ネリカ米という品種の開発と普及を支援しています。ネリカ米とは、高収量のアジアイネと病気や雑草に強いアフリカイネを交配させたものです。2008~18年にかけて、23か国を対象に普及活動を実施、生産量を1,400万トンから2,800万トンに倍増させています。現在はそれ以外のアフリカ地域でも普及させようと取り組んでいるところです。

また、もともと、農産物の生産の盛んな東南アジアなどの地域では異なるアプローチで支援しています。ベトナムでは、簡単でより安全、安心な農産物の生産ができるようベトナム政府と協働で基準作りを行い、その普及活動を行っています。これも地方の零細農家に対する生計向上、格差是正につながる、いわゆるSDGsに実現につながる取り組みです。

石原:

JICA様は、2023年4月に新しい債券フレームワークを公表し、サステナビリティボンドとしてJICA債、テーマ債として「防災・復興ボンド」を発行されました。JICA債の特徴・フレームワーク、防災・災害復興に関する包括的な取り組みについてお聞かせください。

テーマ債:JICAの重点取組みに関する対外発信やパートナーシップの拡大などを目的として、ソーシャルボンド/サステナビリティボンドの債券フレームワークの下、特定のテーマや地域に資金使途を限定する債券。年に一回程度の発行。

JICA債の特徴

JICA 清水氏:

先ほどJICAの業務そのものがSDGsとの関係性が深いとお伝えしましたが、JICA債で調達した資金はJICAの有償資金協力に充当し、開発途上国の持続的な開発のための出融資事業の原資として活用しています。従って、JICA債へのご投資は、SDGsへの貢献につながります。

JICAの主要3業務(JICAホームページより)

JICAの主要3業務(JICAホームページより)

なお、JICAは、ESG債市場の黎明期であった2016年に日本初のソーシャルボンドを発行し、以降は国内で発行する全ての債券をソーシャルボンドとして発行してきました。一方、JICAの事業には、社会的課題(ソーシャル)だけでなく環境課題の解決にも同時に貢献する事業が多く含まれています。こうしたJICAの事業のユニークな特徴をご理解いただくことを目的に、今年4月に債券フレームワークを刷新し、新たに「サステナビリティボンド」を発行しました。

防災・復興支援の取り組み

トルコの被災地で救助活動を行う国際緊急援助隊)

トルコの被災地で救助活動を行う国際緊急援助隊)

JICA 清水氏:

最近、開発途上国で起きた災害としては、トルコ・シリアの大地震、パキスタンの大洪水などが記憶に新しいと思います。トルコ・シリアの地震では5.4万人以上が亡くなり、11万人以上の人々が負傷、パキスタンの洪水では3,300万人もの人々が被災するという甚大な被害を受けました。トルコ・シリアの地震では、発災後12時間で国際緊急援助隊が日本を出発して、現地での救助活動を行いました。

現在JICAは、被災地域の復旧・復興に向けた支援を開始しています。パキスタンの事例では、家を失くした方へテントなどの緊急援助物資を供与するとともに、被害を受けた教育施設の復旧に向けた支援を行いました。

このような発災後の支援に加えて、事前の防災強化の支援も大変重要です。自然災害が頻発する日本では防災のノウハウが蓄積されています。こうしたノウハウを開発途上国に移転するとともに、開発途上国では整備が不十分な防災インフラの整備も急務です。ベトナムでは土砂災害が非常に多く、砂防ダムの整備に向けた計画策定を支援するプロジェクトを実施しています。今後、策定された計画に基づき砂防ダムの建設に対する支援も検討していきます。

同様の取り組みはさまざまな国で行っており、2023年9月に発行した「防災・復興ボンド」は、こうした防災インフラ整備や発災後の復興支援のための有償資金協力に充当します。

JICA債への投資を通じた社会的課題の解決

石原:

曹洞宗様にお伺いしますが、曹洞宗様の投資に対する考え方と、JICA債へ投資をされた背景について教えてください。

曹洞宗の投資に対する考え方

曹洞宗 山内氏:

「宗教法人曹洞宗」の財産を保全し、運営の安定と発展に資する目的で、資金運用を行っています。運用に充てる資金は全国のご寺院様からの賦課金や義財から成り立っており、これは遡れば、全国の曹洞宗のお檀家のみなさまからのお布施が大部分を占めています。

このようなお金を投資に回すという考え方は、これまで曹洞宗にはあまりなく、定期預金への預け入れが一般的でした。しかし、長らく低金利環境下であったことから、運用に対するニーズが高まっており、2019年に初めて資金運用に関する規程を整備し、特約付定期預金などによる運用を始めました。

曹洞宗宗務庁 山内氏

曹洞宗宗務庁 山内氏

更に、昨今の物価上昇への対応として、2023年度から一般会計予算に「債券等購入費」を設定し、中長期的な目線での資産形成及び財源の確保を行うことで、資産の保全を図ろうとしています。これまで、曹洞宗では「投資は危ないもの」として忌避されてきましたが、社会全体に「貯蓄から投資へ」の考え方が広がるなかで、投機的なものではなく、十分なリスク管理を行ったうえでの資産保全を目的とした投資については、理解が得られるようになってきていると感じています。

加えて、資産保全とは全く別の観点として、SDGs達成に向けたESG投資としての取り組みが挙げられます。JICA様に初めて投資させていただいたのは2021年度でしたが、その時はまだ「債券等購入費」はなかったので、「国際協力機構債券購入費」として専用の予算を設け、JICA様に投資することが、私どものスローガンである「人権・平和・環境」に資すること、SDGs達成への取り組みとして大きな意義を持つこと等を、お坊さんの代表の宗議会において説明し、ご理解をいただきました。

JICA債に投資を行った理由

曹洞宗宗務庁 渡邊氏

曹洞宗宗務庁 渡邊氏

曹洞宗 渡邊氏:

直接のきっかけとしては、曹洞宗がSDGsに本格的に取り組むようになったことが挙げられます。2018年11月に、第29回WFB世界仏教徒会議の日本大会が開催され、「東京宣言」が採択されました。仏教界がグローバルに一丸となってSDGsの実現を支援していくこととなり、2020年には、曹洞宗の布教教化方針に「SDGsの推進」が明記されました。さまざまな活動を模索する中で、ESG投資という形でSDGsの達成に寄与することができること、また、JICA債の存在を知りました。

曹洞宗として、ESG投資の中でも特にJICA債への投資を行うという判断に至った理由としては、4つのポイントが挙げられます。

1つ目は、発行体としてのJICA様の高い財務健全性、安全性です。先ほど申し上げたとおり、お預かりしているお金の大半が元はお布施であることや、宗教法人としての性格上、投機的な投資先は避けたいという思いがあり、投資先は高い安全性を備えていることが大前提でした。この点、JICA様と、発行されるJICA債が国内において最上位の安全性を有していることは、改めて申し上げるまでもありません。
2つ目は、JICA様の事業の公共性・公益性です。包括法人であり、宗教法人である曹洞宗が最初に投資する先として、「公共性・公益性」というキーワードが非常に重要でした。その点、ODAを一元的に行う機関であるJICA様は、開発途上国の負担を考慮した低利かつ長期の円借款をはじめ、無償資金協力や技術協力といった質の高い公共事業を推進されており、曹洞宗の最初の投資先として最も適切であると判断しました。
3つ目は、日本のSDGs施策における重要性です。内閣に設置された「SDGs推進本部」が毎年策定している「SDGsアクションプラン」では、日本が特に優先して取り組む 「8つの優先課題(優先課題8分野)」が定められていますが、JICA様は8つの分野すべてに関わり、高い存在感を示されています。JICA債の発行も事業(施策)名として直接挙げられており、日本のSDGs施策において重要な存在であると認識しています。
4つ目は、グローバルな仏教界の一員としての観点があります。JICA様の事業には発展途上国のインフラ整備あるいは技術支援といったものが多く含まれており、アジア地域の比率も高く、支援先には仏教国も多くありました。そういった仏教国への支援に少しでもお力添えできれば、という想いがあります。

JICA様が非常に高いレベルで事業を行っていることで、これまで投資にあまり縁がなかった曹洞宗にとっても、安心感・信頼感をもって関係者の方々にご説明することができ、投資に対する理解を得ることができたと感じています。

石原:

今回のテーマは「食」、「防災・災害復興」、「平和」ですが、「平和」に関しては、JICA様は2022年度にテーマ債として「ピースビルディングボンド」を発行されています。JICA様の平和構築の取り組みについてお聞かせください。

ピースビルディングボンド(平和構築債)の発行、平和構築の取り組み

JICA 高橋氏

JICA 高橋氏

JICA 高橋氏:

ピースビルディングボンドを発行した背景は、ウクライナ危機が起きた際に、長年JICAが取り組んできた平和構築についてJICAの支援アプローチや考えを伝えていきたい、ウクライナだけではなく世界ではいろいろなところで紛争が起きている現実を知っていただき、平和構築に一緒に取組んでいけないかとの思いで、このテーマを取り上げました。

2020年時点で、世界の武力紛争は56件も起きています。難民や避難民は1億人を突破しています。開発途上国では、紛争の多くが貧困や格差に起因します。これらを減らすことがひいては紛争のリスク低下につながります。従って、JICAが実施する道路、発電所、上下水道などの社会インフラ整備の支援や、教育・保健システムの強化、農村開発などの支援は格差是正の観点から紛争予防の一部にもなっています。

南スーダンで完成した自由の橋(フリーダム・ブリッジ)

南スーダンで完成した自由の橋
(フリーダム・ブリッジ)

また、復興段階でも、今述べたような社会インフラの整備は重要です。内戦が長らく続き、近年ようやく和平が実現したアフリカの南スーダンでは、JICAの無償資金協力により物流・交通の改善を目的とした橋の建設支援をしました。

実はこの事業は内戦や新型コロナ危機により中断を何度も余技なくされていたのですが、漸く2023年5月に完成し、平和の象徴「自由の橋(フリーダム・ブリッジ)」として開通しました。開通式典では、内戦時には対立していた現大統領と副大統領2人が、JICAの田中理事長と並んで笑顔で握手する場面があり、長らくこの国の支援に関わっていたJICAの職員は和平を象徴する出来事に感動していました。

また、2003年に戦争が終結したイラクではイラン・イラク戦争以降、度重なる紛争等によりインフラが破壊され、電力や水が不足し、食料生産に必要な灌漑施設の整備も十分でない状況にありました。これら課題解決のために発電所や上水施設、灌漑施設の整備・改修、農地の整備や復旧を支援するための融資を行っています。2022年度に発行した「ピースビルディングボンド」は、この取り組みの一部に充当されています。

紛争予防や復興は地道な取り組みが必要です。現在ウクライナでは緊急復旧に向けた技術協力や無償資金協力等の各種支援を実施していますが、そのうちの一つに地雷除去があります。必要な機材の供与のほか、実際に活用する人達への技術移転のため、日本が長年この分野で支援してきたカンボジアの地雷除去機関と連携して研修を行っています。

石原:

曹洞宗様は、「ピースビルディングボンド」に共感されていると伺っていますが、このあたりのお考えをお聞かせください。

ピースビルディングボンドへの投資を通じた「平和」への貢献

曹洞宗 渡邊氏:

曹洞宗としても、「人権・平和・環境」をスローガンに活動し、JICA様の「ピースビルディングボンド」の発行理念について大いに共感しています。今この瞬間も、世界中の至るところで、大小さまざまな紛争が発生し、尊い命が失われています。世界の中でも特に平和な国の1つであり、海に囲まれた島国である日本にいると、そういったニュースを目にしていても、どこか他人事のような感覚に陥ってしまい、自分事として捉えることが難しくなってしまいます。

JICA様の発行する「ピースビルディングボンド」への投資は、そういった出来事を自分事として捉え、取り組んでいくきっかけとなりうるものであると思います。我々のような法人向けはもちろんのこと、個人向けの債券など、金額の多寡にかかわらず、自分のお金を投資し(あるいは投資しようとし)、投資先がどのようにお金を使っているのかを調べることで、その分野についての知見を得ることができます。

私自身も、曹洞宗としてSDGsに取り組むというきっかけがなければ、ESG投資やJICA様の事業について本格的に勉強させていただくこともなかったと思います。JICA様のセミナーやレポーティングを通じて、世界で今何が起きているのか、何が課題解決の妨げになっているのか、さまざまなことを学ばせていただき、大変感謝しています。

ウクライナ戦争をはじめ、シリアやエチオピアの内戦、アフガニスタンでの紛争、最近ではハマスとイスラエルの衝突など、世界は平和にはほど遠い状況にあります。先ほど近藤や阿部からお話ししたように、我々僧侶の使命は、苦しんだり、悲しんでいる方々に寄り添い、互いに生きる喜びを見出していくことですが、紛争地域や紛争後の復興という場面では、我々のような素人が実際に現場に行ってできることは少なく、かえって状況を悪化させてしまう可能性もあります。そのような中で、JICA様を通じて少しでも解決に向けた行動を起こすことができるのであれば、大変ありがたいと考えています。

石原:

JICA様より、JICA債がもたらすインパクトについて教えてください。

JICA債のインパクト

JICA 高橋氏:

インパクトに関しては、ほんの一例として、これまでJICAは開発途上国への有償資金協力を通じて、

  • 7,284万人に対して安全な飲料水の供給
  • 2,077万人に対する電力供給
  • 2万3,000km以上にわたる道路整備、年17.1億人に対する鉄道旅客の提供

などの支援をしてきました。個別事業を実施する前には事前評価を、終了後には第三者を交えての事後評価も実施しています。
これらの評価や、これまで実施してきた事業のインパクトについては、「インパクトレポート」を定期的に発行し、ホームページで公開しています。各テーマ債に関しても、随時公表したいと考えています。

JICA債がもたらすインパクトの例(JICAホームページより)

JICA債がもたらすインパクトの例(JICAホームページより)

最後に

石原:

発行される債券のうちESG債の割合は増加傾向にあります。市場規模自体が拡大している中、証券会社としては、発行体様と投資家様をお繋ぎさせていただく役割を今後も続けていきたいと考え、SDGs達成に向けた取り組みの更なる拡大を目指していきたいと考えています。最後に今回の感想をお聞かせください。

JICA 高橋氏:

今回の対談を通じて、曹洞宗様とは(JICAと)考え方が似ていることを改めて感じました。例えば、食事についても、料理を噛みしめながら、どのような人々がそこに至るまでのプロセスに関わっているかをよく考えるというお話がありましたが、我々JICA職員一人ひとりが事業のインパクトをどのように相手国の人々に届けるのかを真摯に考え、業務に向きあう点とも相通じるのではないかと感じました。

曹洞宗 山内氏:

今回の対談にあたっては、JICA様のことを詳しく知らず、インターネット等で調べさせていただきました。その中でJICA様の取り組みは仏教でお釈迦様や道元禅師様が仰っていたこととリンクしているように感じました。例えば観音経のなかでは、観音様は、ときには商人、ときには王様の姿となって救済していくとありますが、まさにJICA様が現地の人々と一緒になってやっていく取組みと似通っていると感じました。形は違えども、世の中を良くしていこうという活動を、協力させていただきながら、曹洞宗としても、お坊さんとしても、推進していきたいと思います。

曹洞宗 宇野氏:

私たちの資金は、元はお布施から来ているということを常に自覚しなければなりません。ウクライナ戦争に対して何かしらの援助をしたいという方は曹洞宗の僧侶にも大勢にいますが、それが万が一武器に充てられた場合に、お布施を出してくださった方々の心に叶うのか、といったことを考えなければなりません。何かしら援助をしたい、しかしそのやり方がわからないという場合に、JICA様を通すことで、あるべきことを我々が行っていけることを感じました。JICA様を通じて菩薩になれると感じました。他の宗教団体がJICA債を購入しているかは分かりませんが、「菩薩行」というのは大乗仏教であれば同じです。仏教界がJICA様と繋がっていければ嬉しく思います。また、「誰一人取り残さない」とう文脈の中では、何かしら行動に移したい人は多いと思います。そのなかで何を行うべきか不明である場合は、専門的な方と組むことで、出来ることが広がるという事を多くの方に知ってほしく思います。

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